のひとが上着をぬいだ姿である。帽子なしで、何とも云えないくさくさしたような気の立ったような顔つきで、蕎麦のたれ[#「たれ」に傍点]の匂いの漂った店の内外に溢れている。
力仕事をするひとたちは、この頃五度ぐらい食べないとやれないそうだ。仲仕がトラックにのる仕事だと大変よろこぶという実際の例がある。トラックに乗っている間はともかく腹が空かないから。
おなかが空いたときの顔は誰しも些か険相で、男のひとたちは女よりもその表情が率直だと思う。おなかが空いた落付かない顔は、ああやって密集して順番を待っている人々の表情のなかで、更に一層焦立たしいような、焦立たしさを持ってゆく当途のないために猶更焦立たしいというようなかげを帯びて眉のあたりや口元に漂っている。タバコを吸いながら待っているというようなものが殆どないことも目につくことである。素破《すわ》と云えばすぐ辷り込めるよう重心を片足において目をくばって待機しているのである。
そうやって待っているのが男ばかりなのも一つの光景であると思う。屈強な男ばかりがつめかけるのである。
女はつつましくうちからもって来るお弁当を使うのだろう。毎日のことで格
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