ないものである。いわば明治という日本の時代の燦光であった。けれども、この豊饒さの中に、どのように深く、どのようにつよく、日本的な矛盾が埋められていたかということは、娘である茉莉氏が、今日、ますます多難な女の道を行きつつある感情の底で、おのずからうなずかれていることではなかろうか。
森鴎外のこと、また茉莉氏の内部発展のことについてはしばらくふれず、近頃、永井荷風の古く書いたものをちょいちょい読んで私は明治四十年前後の日本の知識人の感情というものの組立てを女として実に興味ぶかく感じた。
荷風は、ロマンティックな蕩児として大学を追われ、アメリカに行き、フランスに着し、帰朝後は実業家にしようとする家父との意見対立で、俗的には世をすね、文学に生涯を没頭している。
日露戦争前後の日本の社会、文化の水準とヨーロッパのそれとは驚くべきへだたりがあったから、この時代、相当の年齢と感受性とをもって、現実生活の各面に、自分の呼吸して来た潤沢多彩なヨーロッパ文化とにわか普請の日本のせわしない姿とを対照して感じなければならなかった人々の苦しい、嫌悪に満ちた心持は、荷風の帰朝当時の辛辣な作品「監獄署の裏」「
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