歴史の落穂
――鴎外・漱石・荷風の婦人観にふれて――
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)傷《きずつ》く

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)身を[#「身を」に傍点]落す
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 森鴎外には、何人かの子供さんたちのうちに二人のお嬢さんがあった。茉莉と杏奴というそれぞれ独特の女らしい美しい名を父上から貰っておられる。杏奴さんは小堀杏奴として、いわば自分の咲き出ている庭の垣の彼方を知らないことに何の不安も感じない、自然な嬉々とした様子で身辺の随筆などをこの頃折々発表しておられる。
 お姉さんの茉莉さんがまだ幼くておさげの時分、私は何かの雑誌でその写真を見たことがあった。写真であるから色はもとより分らないが、感じで赤いちりめんと思われる衿をきちんとかさねた友禅の日本服の胸へ、頸飾のようなものがかかっていた。おさげに結ばれている白い大きいリボンとその和服の襟元を飾っている西洋風の頸飾とは、茉莉という名前の字がもっている古風にして新鮮な味いとともにたいへん私の記憶にのこった。年月のたった今あの写真の印象を思いおこして見るとあの一
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