六で、白衣の衿の黒いのを着て奥歯に金をつめてどら声でよくしゃべる一人をA氏とよんで居た。
ふざける様にしゃべって下司な笑い様をするのと金ぐさりを巻きつけたのとが神官としての尊さをすっかり落してしまって居た。そして又いかにも小村に荷が勝った様な大神官の神官にふさわしくなかった。
中学時代からの友達の事や先輩の事をくどくど思いきった声で話して今東京で大きな学校の監督をして居る人の事を話したあとで、
「何! 私だって成ろうと思えばその位にはなれますのさ。
しかしまあ自分の主義によってこうして居るんですが――
神主じゃあんまり下さいませんな。」
斯う云って居る目には生活難を感じながら平身低頭して朝夕神に仕えて居なければならない貧しい神官のあわれさが、しみじみと浮び見えて居た。
世の中をあきらめながらあきらめきれない苦しさがあった。
けれ共M氏はかるく微笑みながら盛な男達の話に耳をかたむけて居た。
その様子はいかにもやさしかった。
そして又いかにも澄んで居た。
檜の林にかこまれた大神官の淋しい香りの満ち満ちた神殿に白衣の身を伏せて神を拝すのはこの人でなければならない様にさえ私
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