切り株には何かしら思いのある様なみじめなさしぐまれる気持になる。
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 歎いて居るささやかな木の魂が私の心にとけ込むのかもしれない。
 神から生を受けられたものの尊い賤しいにかかわらずどっかしらん共通の思いが魂の一部に巣くって居るんだろう。
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 こんな事も思った。

   ぶなの木

 かなり沢山の木々が皆緑りになった中にぶなの木ばかりは、はずむ様な五月の太陽を待ってまだ黄金色で居る。
 松杉の中に交って輝いて居るのも麦の畑中に群れて笑んで居るのも美くしい。
 葉は叩いたら、リリーン、リリーンと云いそうなかたくしまった光りを持って居て葉のふちは極く極く細かいダイヤモンドをつないだ様にさえすんだ輝きを持って居る。
 美くしいと云う中に謙遜な様子をもってきりょうの良くて心のすなおな身柄のいい処女の様な心を持って居るに違いない。
 一目見たばっかりで紅葉より私はすきになった。
 五月に葉が生れかわると云う事やつつましげな輝きや、やたらに大きくのっぽに育たない事なんかが私の心を引いたのだ。
 思いきって威張ってほこり顔な美くしさも時にはまたなく美くしいものだけれ共、ぶなの輝きが少しでも高ぶった気持をもって居たら私はきっと見向きもしなかっただろうに――
 私は幸にもぶなの木魂が謙譲のゆかしさを知って居て呉れた事を心からうれしく思う。

     日光連山とぶなの木

 秋が立派だと云う日光連山は今かなり美くしい姿をして居る。
 かなり美くしいどころではなく残った雪といろいろな雲とによって美妙な美くしさを持って居るのだ。
 三分の一ほどの上は白いフワフワ雲にかくれて現われた部分は銀と紺青との二色に大別されて居る。
 けれ共ジーッと見て居るとその中に限りない色のひそんで居るのを見る。
 一目見た時に銀に見える色も雲のあつい所は燻し銀の様に又は銀の箔の様にちっとも雲のない様な所には銀を水晶で包んだ輝きを持って居る。
 太陽のよくさす部分は銀器を日向で見る様にこまかい五色の色の分るのが有るのさえわかる。
 紺青の色も濃くうすく青味勝った所もさほどでない所もある。
 銀と紺青といかにもすっきりした取合わせの下に黄金色に輝いて微笑むぶなの木の群がつづいて居る。
 山々の銀と紺青が笑むと、ぶなの黄金色は快く笑いかえしてその間の桜のうす紅の花は恥かしがって顔を赤らめる。
 いかにも厳ながらやさしい尊い立派な様子だ。
 限りない思想の大なるものとさぐりの届かない神秘さがひそんで居る。
 山とぶなの木々が笑み合うと自《おのず》と私の心も軽く笑う。
 銀と黄金が考え深い様にまたたくと私の霊は戦く様に共にまたたき無声の声にほぎ歌を誦せばその余韻をうけて私も心の奥深くへと歌の譜を織り込んだ。
 銀と黄金と私の心と――
 一つの大きなかたまりとなって偉大な宙に最善の舞を舞う。

     稲の刈りあとと桑の枯木

 田の稲の刈り取られたままひからびた様子は淋しい気持がするものだと先からの人達は云って居る。けれ共二十本ほどずつ一っかたまりになってゴチゴチになって行列を作ってチョキンとなって居るのは淋しい中にも何とはなしおどけた茶化した気持がある。
 あぶ蜂とんぼにした子供の顔や半はげの頭を思い出したりする。
 けれ共桑の枯木が繩で結わかれて風に吹かれ吹かれして立って居る様子の方がよっぽど淋しいやるせない気持がする。
 いかにもわびしそうに体の細いためにもその気持が深くなるのかもしれない。
 世の中の暗い裏面を思わされる。

     野飼いの駒

 那須野が原のほおけた雑木林の中をしずしずと歩む野飼の駒を見た。
 黒い毛並みをしとしと小雨がうるおして背は冷たく輝いて大きな眼には力強さと自由が満ちて居る。いかにものんきらしい若やいだ様子だ。
 枯草の上を一足一足ときっぱり歩く足はスッキリとしまって育ったひづめの音がおだやかに響く。
 小鳥さえも居ない木から木へと見すかしては友達をさがす様な様子をして、甘ったれる様に鼻をならしたり小雨のしずくをはらう様に身ぶるいをしたりする。
 楽しそうで又悲しそうに初めて野放しの馬を見た私の心は思う。
 まるで百年の昔にもどった様に平和な原始的な気分がみなぎって居る。
 これからは青草も多く心のままに得られるだろうけれ共雪ばかり明け暮れ降りしきる北の国に定められた臥床もなくて居る時はさぞわびしいだろう。
 あんまり自由すぎて育てられた子供の様な気で居るに違いない。
 私はこんな事も思った。
 そうっとくびを撫でてやりたい様な気持を起させるほどすなおらしい人なつっこい目をして居る。
 軽い淋しさがわけもなく私の心の底に生れた。

     ペンペン草

 私は到る所に白いなよなよとした花をもっ
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