六で、白衣の衿の黒いのを着て奥歯に金をつめてどら声でよくしゃべる一人をA氏とよんで居た。
ふざける様にしゃべって下司な笑い様をするのと金ぐさりを巻きつけたのとが神官としての尊さをすっかり落してしまって居た。そして又いかにも小村に荷が勝った様な大神官の神官にふさわしくなかった。
中学時代からの友達の事や先輩の事をくどくど思いきった声で話して今東京で大きな学校の監督をして居る人の事を話したあとで、
「何! 私だって成ろうと思えばその位にはなれますのさ。
しかしまあ自分の主義によってこうして居るんですが――
神主じゃあんまり下さいませんな。」
斯う云って居る目には生活難を感じながら平身低頭して朝夕神に仕えて居なければならない貧しい神官のあわれさが、しみじみと浮び見えて居た。
世の中をあきらめながらあきらめきれない苦しさがあった。
けれ共M氏はかるく微笑みながら盛な男達の話に耳をかたむけて居た。
その様子はいかにもやさしかった。
そして又いかにも澄んで居た。
檜の林にかこまれた大神官の淋しい香りの満ち満ちた神殿に白衣の身を伏せて神を拝すのはこの人でなければならない様にさえ私には思えた。
私は、五十前の神官に祈られる気はしないし又大きらいだと云う。
若い――少なくともまだ働ける年の男が油ぎったふとった赤い顔をして神官をして居るのはほんとうにふつりあいな気持の悪いものだ、とも私は感じもし云いもする。
底本:「宮本百合子全集 第二十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年11月25日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第6刷発行
入力:柴田卓治
校正:土屋隆
2009年8月9日作成
青空文庫作成ファイル:
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