声で抗った。
「頭が重いのに――放っといて」
云われるまでもなく姉にはそれ以上かまわず、登美は茶箪笥の前へ蹲んだ。
「なあにかないか――おや――素敵!」
彼女は小丼に一杯きんとん煮にした甘藷を発見したのであった。
「お昼に煮たの? 姉さん沢山食べたんでしょ」
冷かしながら、登美は早速箸を持ってきた。
「ああおいしい」
如何にも好物を嬉しそうに抱え込んでいると、ガラリと格子が開いた。おやと登美が箸を止め、出て行こうとする間もなく続いて境の唐紙が一気に開かれた。
「やあ今日は、何だ、縫ちゃんどっか悪いの」
和服で立ったのは従兄の英輔であった。
「いやな英兄さん、びっくりしたわ」
登美は改めて、
「こんにちは」
と少女らしい挨拶をした。
「どうしたの、悪いの」
縫子は、鼻のところまで夜具の衿を引上げ、赧くなり、極りわるげに眼で笑った。
「頭が重いんだって」
登美が代って答えた。
「へえ、風邪? この頃流行ってると見えるね、クラスでも閉口してる奴があった」
そしてまた、寝ている縫子を顧みた。
「大したことないんだろ?」
縫子は合点した。
「姉さんの、気病よ」
「仮病でなくて幸だ、ハハハハハハ」
登美がお茶を出したり、それを英輔が飲んだりするのを傍で眺めると、縫子には自分の寝ているのが詰らなく感じられてきた。体がいつか軽くなった。それを無理に夜具で寝かしつけているような心持さえする。
「母さんは?」
「ちょっと買物」
「何、それ」
英輔が登美の抱えていた小丼を見つけたらしい。
「何でもないわ」
「どれ――僕にもくれ給えよ」
「いや」
「変だね、何なのさ。ウワー、登美っぺ、こんなものが好きなの、驚いたね」
「平気よ」
登美は落付いてまたきんとん煮を食べだしたらしい。羽織を着、餉台に肱をついている英輔の後つき、その横で喋ったり食べたりしている登美のふっくりした顔などまことに楽しく睦じそうに見える。縫子は羨しい、起きたい心を抑えきれなくなって来た。彼女は、欠伸とも吐息ともつかない声を出し、布団のうちで重々しい寝がえりを打った。登美が、
「なあによその声」
と笑いだした。
「起きたらいいじゃないの姉さんたら……」
「起き給え、起き給え! うんと遊べばそんな病気なんぞ癒っちまうよ」
四
英輔の親友が小さい或る銀行の重役のようなことをしていたし、英輔自身慶大の法科に通学していたりするので、杉村の家族は彼が来るといつもどこか家が明るくなったように感じた。娘たちばかりでなく、なみでさえ外から帰って来ると、
「おや珍しい」
と気さくな悦びを示した。
「悠くり出来るんでしょう? 今日は。――伯母さんはいかが相変らずですか」
彼女は布団の上に立って帯をしめかけている縫子を見て、毒のない冗談をあびせた。
「さあさあ御病人さんも寝ちゃいられますまい」
まだ大儀なのだがまあ折角のお客だからという風に体を扱っていた縫子も、夕飯が賑やかにすみ、好きな花合せが始ると、しんから溢れる活気をかくす業など忘れてしまった。坐布団を真中にして、長火鉢の両側に父親の勘次郎となみ。登美がその次で縫子は英輔と隣り合わせであった。
「おりるおりる、こんな変てこな札つかまされて出られるもんか」
すると、縫子が、
「じゃ見て貰おうっと。ね、どうこの手――大丈夫?――仕様がないでしょう」
両手に札を扇形にひらいて持ったまま膝をくずして英輔の方へさし出した。
「そうねえ――このかげがありゃ素敵だが――」
英輔は勢よく、
「行き給え行き給え、僕がついてる」
と、持ち添えて見ていた手を離した。
「じゃ参ります」
「丁寧だね」
「いいこと? じゃ私役があるわよ」
登美が本気になって声を張上げた。
「十一《といち》!」
縫子は、手の中を絶えず英輔に見せるようにしつつ、百人一首でもするような手つきで歌留多をめくった。
「姉さんと父さんとそっくりね、いやに不景気なやり方をするんだもの」
色の黒い、しかし太って皮膚の軟い勘次郎は太い眉をひくひく動しながら、
「勝てばやり方なんかどうでもいい」
と、舌たるいように云った。
「変だね僕こんな筈はないんだがな、見てくれよこれを」
英輔は碁石入の蓋にたまった借貫の南京豆をからからころがした。やッと、英輔が親になった。
「ようしこれで皆の財産総浚いにしてやるぞ。不見《みず》!」
「あらあ」
娘たちが一時に恐惶した。
「小場《こうば》が出ろ! 小場《こば》が出ろ!」
「なあに――シッ! とどうだ。偉いだろう」
「何? あら坊さん? あら! あら! ずるいわ英兄さんずるいわ、そんな一度に二十もの三枚も出すなんて……」
「仕様がないよ、天が我に幸したのさ――あ、誰でもいらっしゃい、出る人は九貫、下りる人は三貫
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