何故か起さなかった。おそろしく――一緒に並んで歩くのが極りわるいほど盛装して妻三郎の活動を見に行く位のものであった。
そういうのこそヒステリーらしいヒステリーだ。縫子は決してそんな話の種を作るようなことはなかった。彼女はただどうかした拍子で時々云うに云われず一切合財生活の事々が詰らなあくなってくるだけであった。生きているのが厭というのでもない。何がどう詰らないというのでもない。ああその張合いないどうでもよさといったら……。縫子は眼を開けているのさえいやで面倒になるのであった。母親が師匠だけあって自然手に入った裁縫でさえ、そのような時縫子の気つけ薬には役立たなかった。ましてあたり前な水仕事や洗濯など。――彼女は床にもぐったきりになった。そこから黙って出て来て御飯を食べて、再び布団をかぶりに戻る。
家は下が二間しかなかった。箪笥や長火鉢の置いてある四畳半に縫子が寝ていると、お針子が手水に行くにどうしてもそこを通らなければならない。母親や妹の登美とともにお針子達も、縫子の病気は理解していると見え、誰一人真面目に心配はしなかった。平常親しい米やてふも、いたって軽く、
「縫子さんいかが」
と通りすがりに声をかけて行くだけであった。枕元に蹲んで話しかける者もない。変に放任されて、縫子は寝ている。彼女は侮蔑というほどでもない家じゅうの侮蔑にそうやって遠巻きにされつつ醒めているのか、うとうとしているのか。力が萎えて体がしゃんと立たない。大儀に寝がえりを打つ時など涙が眼尻から冷たく流れ落ちた。
朝、六時半に登美が目を醒した。彼女は、
「姉さん」
と、隣りに並んで眠っている縫子を起した。
「もう時間だわよ」
縫子はひどく充血した眼を開いて陰気に寝たまま、着換えしている妹を眺めていた。
「火起してるから早く起きて頂戴」
登美は私立女学校の三年生であった。彼女が火を起し、お釜までかけたのに姉はまだ起きてこない。その部屋に学用品をのせた机もあるし、登美は、
「どうしたのよう姉さん」
とふくれ声を出して催促しながら障子をあけた。また枕についたまま縫子は憤ってでもいるように妹を凝っと見、やがてあっち向になるなり夜具を引きかぶってしまった。
「――――」
ちょっと呆気にとられた登美は、合点が行くと、
「仕様がないわね」
と大人らしく呟いた。
「姉さん、起きないの? 起きないんなら母さん
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