順助はそれ以上蟻の巣をかきまわしたりはしない。またその四角い踏瓦を元のとおりにかぶせた。そして、口笛か何か吹いて歩き出した。
 二人も兄たちがいて、桃子にそんなにして蟻の巣を見せてくれたのはどうして順助だけだったのだろう。
 やっぱりそれもいつかの夏、簾の下った部屋部屋の電燈を消して、かくれんぼをしたことがあった。桃子は父の大きいテーブルの下に這いこんで息をころしていたが余りいつまでたっても鬼が来ないのでだんだん待ちきれなくなって来た。片手でタンマをこしらえながらその机の下を這い出して、ひょいと立ち上ろうとした途端、廊下の簾の蔭から鬼になっている順助が何と思ったのか犢《こうし》ぐらいの嵩で自分も四つ足になりながらいきなり姿を現した。余り度胆をぬかれたのと怖かったのとで桃子は本当に泣き出してしまった。
「順ちゃんたら、そんな黄色いものを着てるのに這うんだもの」
 そういって泣いた。順助は古風な黄麻の湯上りを着ていたのであった。
「弱虫だなあ」
 順助はそういいながら泣いている桃子の傍に待っていた。そして、桃子が泣きやむと、
「もういいかい?」
と訊いた。
 そのもういいかい? と小さい自
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