こそ深くひかれている桃子の真直な女らしいよさの一つの流露として順助の肺腑に迫るのであった。
やがて順助は、やや諧謔的に、
「どうも世の中のことは、こんなものだね」
そして煙草の匂をしずかに流しながら、
「この話は、では撤回しておこうね。その方がいいだろう?」
暫く黙りこんでいた桃子が、膝で順助の前へよって行った。
「ね、げんまん[#「げんまん」に傍点]して」
小指をさしつけ、順助が黙ってさし出す小指に桃子は自分の小指を絡めて、子供たちが約束げんまん、しっしっしっと振る時のように真面目に力を入れて一つ二つ三つと自分で上下に振った。
「いい? 順助さん、約束して。私がこれからでもいつか本当に困ったようなとき、きっと相談にのってくれる?」
それは風変りな忘れられない晩であった。灯のない夏の夜空の薄らあかりを背にして光っているような桃子の虚飾のない精一杯の心と、その心の弾力さながらに半ばまだ眠りつつ艶やかな曲線にうごいているような桃子の体とは、ほとんど抑えがたく順助を牽きつけた。桃子の柔かい巻毛のこぼれている顳※[#「需+頁」、第3水準1−94−6、421−1]《こめかみ》のところへ
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