先へ立って二階へあがった。南の空には、暗い屋根屋根越しに青く太くサーチライトの光芒が二条動いて、飛行機の爆音が高く遠いところにきこえている。灯をけしている座敷には、ぼんやりした夏の夜空の明るみがあった。
「このまんまでいい?」
「いいよ」
 順助は座蒲団を背中の下に敷いて、ごろりと横になった。桃子は手摺のところへ腰をかけて風にふかれていたが、やがて、
「ああ思い出した、いいものがあるのよ、きょうは」
 下へおりて、番茶道具と越後のある町の名物の絹餠をもって来た。
「きょう送って来たばっかりよ。但しみんなたべちまいっこなし」
「亮さん相変らずなのかしら」
 下の兄が、そこへ赴任しているのであった。
「そうでしょう、みな元気らしいわ、でもあの辺は紫外線が足りないから子供はこの頃ハダカ主義なんですって」
 桃子はまた手摺のところにかけ、順助はすこし離れたところに横になっているのであったが、ふっとその体が動いた気配で桃子がそちらへ向くと、薄闇の中にワイシャツが白く浮いて順助は胡坐《あぐら》になっている。そして、二つ折にした座蒲団を胡坐の上へかかえこむような形で、
「ね、桃ちゃん」
といった。い
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