いうか、男の虚栄心からか」(林氏・上海戦線)前線へもゆきたがる作家を、陸軍の従軍報道班の人々は忍耐をもって、適当に案内し、見聞させ「戦争がその姿をあらわして来た」と亢奮をも味わせている。軍人は戦い、そして勝たなければならないという明瞭な目的によって貫かれている。居留民はそこにおける地位、財産を守ろうとする一致した目標をもってがんばっている。士卒は兵士としての絶対の避くべからざる任務に服している。その間へ、銃をとって絶対に戦わなければならないでもない作家、一面には社と社との激烈な競争によって刺戟され、一面には報道陣の戦死としての矜《ほこ》りから死を突破しようとさえする従軍記者でもない作家、謂わば、命を一つめぐってそれをすてるか守るかしようとする熾烈な目的をも、立場の必然からはっきりとは掴んでいない作者があちこちしての報告が、見るにせわしくて現象的で、内から迫って人の心をうつ迫力を文章にもっていないのも、当然であるかもしれない。
 表現の非現実的な点にもこの心理はあらわれている。例えば同じ林氏の「上海戦線」の中に、完全に燈火管制された都会の夜の物凄い気持を、自ら仮死状態に陥った都市の凄さを
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