よく来ました。でも、一寸待って下さいよ、いま文化委員のひとがいないから五分ばかり待って下さい」
 やがて、赤い布で凜々《りり》しく髪を包んだ二十二三のこれも元気な婦人労働者が、何冊もの本を小脇にかかえて入って来た。
「――図書室の本が、まだモスクワから届かないんだってさ。手紙をやりましょうね」
「お客さんよ」
 その文化委員の婦人労働者は手紙を見ると、黙って私の方へ手をさし出し、きつく、情をこめて握手をした。
「――みんな見せますよ、見てお国の婦人労働者に話してやって下さい、ね。ソヴェト同盟ではわたしたちがどんなに生活するようになったか」
 ドン国営煙草工場は生産高がソヴェト同盟一二を争うほどあり、労働者は全体で千何百人かいる。仕事の性質上婦人が多いので、ここの衛生委員は特別に歯科の診療所を工場内に設けた。小ざっぱりとした白い壁の小部屋で、ピカピカ清潔な医療道具がガラス箱の内に揃っている。白い上っぱりを着た医者が一人の女の患者を扱っているところだった。
「女はどうしても姙娠やお産で歯をわるくするのです。ところが働きながら歯医者へ通うことは時間の都合で不便だから、とうとうわたし達は工場へ
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