工場の大衆から選挙された工場委員会があって、その委員会がいくつかの専門部に分れている。例えば技術詮衡部(この技術詮衡部で働くものの腕によって賃銀をきめ、また工場全体の技術が向上するよう指導してゆく)衛生部(工場中の衛生全部に責任を負い、托児所、診療所、食堂、水のみ所などの問題を片づけてゆく)その他重要な生産計画部、文化部などがあって、どんな大工場の管理者でもこの工場委員会の決定に従って行動しなければならないようになっている。ブルジョア・地主の工場のように、社長、重役とか主任とか監督とか、威張って搾るばかりが仕事の者は、ソヴェト同盟の工場のどこの隅をさがしてもいない。もう一つのコムソモール・ヤチェイカというのは、共産青年同盟細胞という意味である。(どの工場でも相当人数のあるところではきっと共産党の細胞と労働組合の地区委員会が部屋をもって活動しているのが普通である。)
私は二つめの戸を入って行って、そこに書きものをしている若い婦人労働者に、
「今日は」
と云った。
「私は日本からきたんですが、これをみて下さい」
紹介の手紙を出した。その婦人労働者は手紙をよみ終ると、
「素ばらしいわ! よく来ました。でも、一寸待って下さいよ、いま文化委員のひとがいないから五分ばかり待って下さい」
やがて、赤い布で凜々《りり》しく髪を包んだ二十二三のこれも元気な婦人労働者が、何冊もの本を小脇にかかえて入って来た。
「――図書室の本が、まだモスクワから届かないんだってさ。手紙をやりましょうね」
「お客さんよ」
その文化委員の婦人労働者は手紙を見ると、黙って私の方へ手をさし出し、きつく、情をこめて握手をした。
「――みんな見せますよ、見てお国の婦人労働者に話してやって下さい、ね。ソヴェト同盟ではわたしたちがどんなに生活するようになったか」
ドン国営煙草工場は生産高がソヴェト同盟一二を争うほどあり、労働者は全体で千何百人かいる。仕事の性質上婦人が多いので、ここの衛生委員は特別に歯科の診療所を工場内に設けた。小ざっぱりとした白い壁の小部屋で、ピカピカ清潔な医療道具がガラス箱の内に揃っている。白い上っぱりを着た医者が一人の女の患者を扱っているところだった。
「女はどうしても姙娠やお産で歯をわるくするのです。ところが働きながら歯医者へ通うことは時間の都合で不便だから、とうとうわたし達は工場へ
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