明るい工場
宮本百合子

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)凜々《りり》しく

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)[#地付き]〔一九三二年九・十月〕
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 ソヴェト同盟の南にロストフという都会がある。ドン川という大きい河に沿って、花の沢山咲いた綺麗な街が、新しい労働者住宅やクラブの間にとおっている。私は七月のある朝、ドイツからソヴェト同盟へやって来たドイツの労働者見学団といっしょにホテルを出て、ドン国営煙草工場見学に出かけた。ロストフはウクライナ共和国の主都で、附近にはソヴェト第一の大国営農場「ギガント」があった。丁度素晴らしい「トラクター」や「コンバイン」をつかって麦の収穫を終ったばかりのところである。ドイツからの労働者見学団の若い男女たちは、その収穫の壮大な仕事ぶりを見てきたばかりなので、片言のロシア語やあやしげな英語で(私にドイツ語がわからないから)さかんにその見事な様子について私に話してきかせる。私がロストフへきていたのもその「ギガント」を見るためなのである。
「ギガント」で見たことはまた別のときに話すとして、その朝ドン煙草工場で見たことを、わたしはみなさんに聞いて貰いたいと思う。
 少しダラダラ坂になった通りを行くと、右側に煉瓦の大きい工場が現れた。がっしりとした門にソヴェト同盟の国標、鎚と鎌をぶっちがえにしたものを麦束でとりかこんだ標がかかげてあり、その上に、ドン国立煙草工場と金字で書いてある。門衛がいるが、一向意地わるそうでもないし、うたぐり深い目つきもしていない。
「受付はどこでしょう」
と私がきいたら『プラウダ』(全ソ共産党の機関新聞)をよみかけていたままの手をうごかして、
「ずっと真直入って行くと右側に二つ戸がある、先の方のドアですよ」
と教えてくれた。礼を云って歩き出したら
「お前さん、どこからかね?」
「日本から来たんです」
「ふーむ。そりゃ結構だ。――わかりましたか、ホレそこを真直行って……」
ともう一遍教えてくれた。
 入ってゆくと廊下で、左側には「賃銀支払金庫」「保険貯金」などと札の下った窓口が並んでいる。右側に戸がなるほど二つある。奥の方には「工場委員会」「コムソモール・ヤチェイカ」と札が出ている。みなさんも知っているとおり、ソヴェト同盟では工場を男女労働者自身で経営している。
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