に捕われていた。その朝彼女の実家から手紙を貰った。純夫が陽子の離籍を承諾しない事、一人の女が彼の周囲にあるらしいことなど告げられたのであった。純夫に恋着を失った陽子にそんなことはどうでもよかった。然し、事実は愛情もない、別々に生活している男女が法律の上でだけは夫婦で、しかもその法律が物をいい出せば、夫である田村純夫がいろいろ支配力を自分の上に持っているという考えは何と奇怪であろう。陽子は益々自分の中途半端な立場を感じ、謂わば、枝に引かかった凧のように憂鬱なのであった。
 ――静けさ明るさに溶けるように、
「う? う?」
 軟かく鼻にかかった百代の声がした。十六の彼女は従兄の忠一の後に大きな元禄紬の片腕を廻し背中に頻りに何か書いた。
「ね? だから」
 何々と書くのだろう。忠一はしかつめらしく結んだ口を押しひろげるようにして、うむ、うむ、合点している。篤介がひょいと活動雑誌から頭を擡《もた》げ何心なく真向いでそうやっている二人を眺めた。彼等は篤介の存在など目にも入れないらしかった。段々照れて若者らしくペロリ、舌を出し彼は元の雑誌にかじりついてしまった。――片頬笑みが陽子の口辺に漂った。途
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