は皆、人を殺しながら、神を呼ばずには居られないのだ。神を――偉大な調和と、解放とを求めながら、縊り合わずには居られないのだ。
そうは思いませんか。
総ての人々は、私共も、彼等も、皆、冷静に、賢い心持の時沈思して見れば、国家と云うものは、私共の一つの生活形式である事、国名と云うものが、単に一種の符牒である事を知って居るのだ。
或る地上の部分部分に生れ、生活し、死んで行く、我も彼も「人」であると云う事を思わずには居られない。
自らの心を掻き毟る苦悶は、彼等の心にも在る。私共が振り捨てようとする過去の重荷は彼等の背中にも、重くどっしりと負わされて居るのではあるまいか。
お互は互に、我々の生活が如何那に不純であるかを知って居る。よく知って居る。
そして、其の醜い、其の固陋な障壁を破ろうとして、何時から血の汗を掻きながら戈を振って来ただろう。
昨日も、今日も、明日も、明後日《あさって》も。彼等は戈を振うだろう。けれども、よく瞳を定めて凝と御覧なさい。戈を振いながら、彼等の右手は、恐ろしい執念を以て、壊れ落ちる障壁の破片を、しっかりと、命に掛けて掴んで居る。
掴むと知らずに掴んで居る。一つ落ちれば一つと、二つ落ちれば二つと、終には、振う戈の手も止めなければならない程数多くの、破片を抱え込んで仕舞うのである。
十人は十人、人間の真個な幸福を希望して居る。
万人は万人円らかな愛と、浄化された本然とを求めて居る。
けれども、其なら絶間ない努力と、絶間ない祈りとの熾な焔に、無残にも其を打消す汚れを浴せ掛けるのは誰だろう? 其も亦同じ祈る彼等、努力する私共である。
何故、私共は、あらゆる過去を一撃の下に截り離して、空気と倶に翔ぶ事は出来ないのか、大らかに、自由に、はるばると……我友よ、何故私共は翔ぶ事が出来ないのか。
永遠な、過去と未来とを縦に貫く一線は、又、無辺在な左右を縫う他の一線と、此の小さい無力な私の上に確然と交叉して居るのを感じずには居られないのである。
斯うやって考えて来ると、私は、今日の生活が、如何に「智」に不足して居るかを思わずには居られない。自分には云わずもがな、総ての人に、「智慧」が豊かに与えられて居ない。
智識ではない。智慧である。運命を知り、魂を浄め、時間と空間の規制を超える生命の智慧である。
人間の心を、心の起す種々雑多な現象を、
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