しい声。

 ○浅青い色の大空と煉瓦色の土と、緑と木との対照。
 ○濁った河の水は、日光の下で、紫色に光る。
 ○とんび、低くゆっくりと飛ぶ。
 ○柳も、重い、鈍い緑、何か非常に神秘的な動物的なうねり。
 ○大きな太い煉瓦の煙筒に、すりついたように見える小さい木造の黒坊の小屋。

○十二月一日
 小川未明さんが、その小説の中に「いろいろの連想をもった自分には非常になつかしく思われるものも、他人にとっては、一文の価値さえないものだ」と云う事を書いて居られる。
 そういう心持を私は、こちらに来て、幾度も考えさせられた。領事館へ行って、うちの母の体がひどく悪いのだからと云って、話したとき、美濃部などは、何の注意もそれには向けなかった。そういう興亢[#「亢」に「ママ」の注記]した気分にある私をつかまえて、河原は、岩本さんの不幸を云った。各自が各自の事をのみ考えるのだ。私の母の生命などと云うものは、私以外のものにとっては此の遠いアメリカで、何の感動も起さないものなのである。私は其を此ほどまでに、実感した事はなかった。

 サンフランシスコの名が与える、何処か、温い気分にも似ず、寒い、風のあらかった一日、
 不幸そうな日本人
 今中さんの親切。

 シアトルに着くと、海岸の町は、一帯の霧雨にくもらされて居た。然し思ったよりもさむくはない。先に、来た時よりは、一階上の部屋に定って、私が立つまで僅か三四日の生活が始められた。
 長い間、落付のない汽車旅行許りして来て、ゆっくり物を読む暇もなかった私共にとって、少くとも、三四日、誰からも邪魔をされずに、楽しくしずかな時を送れると思うと其は限りない快さだった。
 元通り、仕上げの精巧なブロンズのスタンドの立って居るコーナー、しずかなメツアニン、一年前に、此処を通ったときは予想の仕様もなかったAと、今斯うやって居る――
 白い天井に小ざっぱりとした壁がみをあしらった部屋は小さいながら、まとまって、暖におだやかな巣の気分を与える。
 町にで、記念のために買った本や、メキシカンの手製の元始的な壺などを並べた中で、する生活。

 机によって、彼が、カーキの粗い素朴なシャーツの広い肩を丸めながら物をよんで居るのを見る心持、其は私が且つて弟の後姿のいつの間にか青年に成って居るのを発見したときの心持通りである。

 レークジョージの机の上で、かげろう
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