もう国家的宗教の教条は無視して居る。けれども、英国に於る社会表面上の道徳は世界屈指のものだと云う信念を捨てた人は実にまれだ。ところが、実際、若しする気があれば人は、まことに雑作なく、英国の社会生活は他の国々のそれよりちっとも純潔でないと云うことを証明することが出来る。最早絶えることない特種の野卑な醜聞は、嘲弄者に潤沢な機会を与える。大都市の街路は夜毎に世界の他の何処にも又と見られないような展覧会を示して居る。これら総てのことあるに反して、普通の英国人は自分の国の徳義上の優越を授けられたものと考える。そして、他のひと人に迷惑な思いをさせて、それを宣言する機会を失うまいとするのだ。このような男を、偽善者と呼ぶのは抑々《そもそも》其奴を知らないのだ。彼も、自分としては下劣な心情の所有者になるかもしれないし、生活に不注意な者になるかもしれない。が、それは問題外だ。「彼は美徳を信じて居る[#「彼は美徳を信じて居る」に傍点]。」云々。
この一章は、ヘンリー・ライクロフトが最も鋭鋒を現した部分と云えよう。
今日の私共がこれを読んで感じるのは、「豈《あに》英国のみならんや」と云うことである。又、ショウが英国で嫌われる。その理由を、国民が彼の云うことが本当なのは認めるが平然と、堂々とそれを認め、云う、そのことを異端として毛ぎらいするかと苦笑されもする。又、一層悲しき微笑の浮むことは、日本から行った者が、帰るときっと無批判に所謂英国の紳士道の盲信にかぶれ、変に奇麗ごとの好きになることである。
底本:「宮本百合子全集 第十八巻」新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日初版発行
1986(昭和61)年3月20日第2版第1刷発行
初出:同上
入力:柴田卓治
校正:磐余彦
2004年2月15日作成
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