には段々紅の色がみなぎり出しました。眼にはよろこびとおどろきに此の上もなく美くしくかがやいて居ます。女は美くしいとおったこえで「どうなすったの、もうおなおりになって」詩人は森の中に育った児のように、たまに村から出た女達のするようにその気高い姿を見あげ見下しました。けれ共さとい美くしい詩人の胸には若い人の心にふさわしい思い出がわき上りました。きっとそうだそうにちがいないと小さい腕を胸に組んで「有難う、雪の姫様。貴女は私が不断から雪をこのんで居るのでこうやってたすけて下さったのでしょう。ありがとう姫様」とふるえた小さい声で云って女の美くしい手の甲に唇をよせました。
 女はかすかに身をふるわせながら「イイエイイエ、私はそんな者じゃあないんですの。ケドまア気がついてよかった。そうしてあなたはなぜこんな雪の日に一人旅をなさるの」「私は村から七里西の美くしい国に歌枕をさぐりに行くんです」「マア、そんな美くしい方があの美くしい国に行く、ほんとうに」と云ってその手を取ってだまってその美くしい瞳を見つめました。しばらく立って「行らっしゃい」美くしい女は立ち上りました。詩人はこのまままたつづいた旅をしたいんですけれ共何だか行かなくては悪いような、いつも自分を可愛がって呉れるとなりの十八の娘に会った時のようになつかしい、何かに引かれるような気持でだまったままそのあとにつきました。指のそろって長い女は赤いかわのギリシャの女神のはいて居るような靴をはいて白い衣の裾をヒラヒラと切ってかるくかるく行きました。詩人はそのあとを小走りについて、その時、若しそこに人が居たならそれを何と見たでしょう。キット、古い人のかいた名画の中の人がこの美くしい雪の色に誘われて来たんだと思ったでしょう。旅人は夢のような気持で何か暖いものに抱かれたような気持で歩きました。いつの間にか目の前に美くしい小さい家が出ました。白い煉瓦で形よくつまれて、まわりにはつたがからまって居ます。みんな紅葉したのが一っぱい白い花が咲いてまどには紫のガラス。「ここが私の家ですの、入って頂戴」詩人は女に手をとられて中に入りました。すぐ美くしいかおりは身のまわりをこめて来ます。雪の光は紫のカーテンやガラスにさえぎられて部屋一面に薄紫、椅子もテーブルも皆趣きのある形をして居ます。美くしい形にきられたストーブには富と幸福を祝うように盛に火がもえて居
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