無題(一)
宮本百合子
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)如何那《どんな》
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故国に居る父や母が、きっと此那物を送ったら喜ぶだろうと思ってわざわざ送って下さった種々の物、仮令其は如何那《どんな》小さい物であろうと、私は恐らく両親の期待された以上の喜びを以て其を戴く。
若し、自分の家に居て、何の不自由も感じない生活の中に於てなら、或は、不満さえ抱くかもしれないものにさえ深い有難さを感じずには居られない。
よく本を送って下さる。遠い所を手荒な人足の手で、船艙へ投《ほう》り込まれ、掴みまわされて運ばれて来るのだから、満足で着く事は今まで殆ど無い。
大抵包装の外が破れて、本の四角は無惨にも、醜くひしゃげたりつぶれたりして居る。
けれども、其の汚れた包みを見た時に先ず思う事は、よく無事に着いてくれたというよろこびである。
遙々と来た旅人が、汗塵に黒くなった顔に快く浮べる微笑を見る心持である。
其の無言の微笑の裡には、慕しい故国という、又此も無言の、又、無限の感動がある。
故国から来る贈物は、自分の生れたところから来た物と、自分をいつも愛して下さる両親の心遣いで送られたものという二重の意味を以て、私の心を喜ばすのである。
此も旅に居なければ味えない心持であろう。
今年は、珍らしく五つになる妹の御誕生日に何か送って遣ろうという心持になった。
母上からの手紙で、暫く見ない彼女が、私の居た頃よりはずっと沢山言葉を使って、丁度私が仕たように小まめにくるくると家中動き廻りながら、
「御ねえちゃは何故御帰りにならないの? 御かあさま などと云います」と云われた許りではない。
送るものは些細でも、きっと、私がこちらで感じるような幸福な、有難いというような感動に心を打たれるだろうと思うからなのでもある。
勿論、今のポジションを使用して、有難がらせようという程さもしくはなって居ない。
只、私の胸をときどきに満たす、彼《あ》の遙かな、しみじみとした、人間らしい感動に一寸でもひたらせて遣りたい、あげたいという心持である。
其等の感謝から起った、何か上げたいな、という心持は、今日自分にこまこました玩具だの、袋だのを買わせた。
木製のカヌーだの、絵だの
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