えは花束を後にかくした。
「いやかい?――誰にやるの」
「いいひと!」
みのえは憤ったように本気な力を入れてそれを云い、さっさと自分の道を歩き始めた。
すがすがしい朝の花束に、教師の息がかかったのをみのえは残念に思った。彼女は油井の玄関を開けた時、少し悲しそうに、
「これあげるわ」
と、その花束を出した。
○
みのえは光りもののうちに生活している。彼女の内の発光体の眩ゆさで自分も外界も見えぬ。
○
油井は、お清夫婦とみのえを誘って活動写真など見物に出かけた。
「もうこれから帰るの面倒くさくなっちゃった。泊めて下さい」
そう云う翌朝、みのえは白々明けに目を醒《さま》した。心臓がとび出しそうな心持で、油井の泊った二階へ登って行った。
「早いのね、もう起きたの」
油井も起きていて、彼等は並んで窓枠に腰かけた。まだ門の閉ったままの隣家の庭がそこから見下せた。飛石に葉が散っている。門燈の光で露に濡れた小さい蜘蛛《くも》の巣が見える。四辺《あたり》はしめっぽく草木の匂いが漂った。
油井が、やがて云った。
「ああ、いい気持だ―
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