須田町で会って銀座を歩こうと云って行った。その積りで起きて見ると、卓子の上に、学習院の門衛からの葉書がのって居る。
 青山北町四丁目に一軒ある。見たらどうかと云うのである。
 約束の時間に、自分はその葉書を持って須田町へ行った。そして、銀座行を中止して青山に行った。随分気をつけて広告は見るが、青山には、一寸見当らない。案外よいのかもしれないと、家を探す者独特の、期待、空想を抱いて行ったのである。
 電車の中でも、口を開くと、自ら家のことになる。
 家主だと云う質屋を、角の交番の巡査に訊いてAが入って行く。
 自分は、程近い停留場に待って居た。場所をきき合わせる位と思ったのに、なかなか出て来ない。歩道に面した店の小僧など、子守などは、不思議そうにじろじろ自分を見る。
 待ち、疲れた時分に、やっと、Aは、山高の頂を揺り乍ら現れた。その顔を一目見て、自分は余り思わしくないことを感じた。
「どう?」
 自分は彼の方に近より乍ら訊いた。
「さあ、とにかく見ようじゃあないか」
 家と云うのは、つい近くの、何々質店、信用、軽便、親切と、赤字で書いた大きなアーチ形の広告門をくぐって行った処に在った。
 陰気な、表に向った窓もない二階建の小家の中からは、カンカン、カンカンと、何か金属細工をして居る小刻みな響が伝って来る。一方に、堂々たる石塀を繞し、一寸見てはその中の何処に建物が在るか判らない程宏大な家が、その質屋だと云うのである。
 勿論、此家が駄目で、我々は、浮かない表情で戻ったことは明かであろう。
 夜具風呂敷の地を買って、いつ引越しでも出来るように、縫わせたり、荷物自動車を調べて見たり、相変らず、私の捜索材料は、唯一つ、毎朝の時事がある許りであった。
 処が、思いがけない或休日、自分は時事で、実によさそうな広告を見つけた。
 場所は、青山北町一丁目で、間数は五つ。電車の便利がよくて、家賃は僅かに四十五円と云うのである。現在、たった四間の家に五十円出して居る自分達にとっては、部屋が一つ多い上に廉いと云うことは、勿論少なからぬ魅力とならずには居ない。
 私は、意外な発見に悦びと誇りとを感じ乍ら、それをAに見せた。
「ふーむ。悪くなさそうだね」
「場所だって丁度いいじゃあないの?」
「――行って見ようか」
 彼は、急に興味を持ったらしい口調になった。
「どんな家だか――ただ、場所が如何にも工合よさそうだからね」
 彼は立って、あわただしく身仕度を始めた。
「しかし、もう駄目かもしれないね」
 我々は、一度目の経験で、斯様に、一寸でも目ぼしいと思うような貸家の広告は、如何程迅速に人々の注意を牽き、又交渉されるかを覚えて居た。
 朝八時頃新聞を見、本郷から下谷の其処まで行くうちに、もう十幾人目かの人と、すっかり話が纏って仕舞った等と云うことさえ在ったのである。
 ネクタイを結ぶ彼の傍に立ち、自分は、見てもしよいと思ったら、私に構わず定めておしまいなさい、とすすめた。ぐずぐずして居るうちに、さっさとひとが定めて仕舞うかもしれない。
 始めて家を持とうと云う時には、貸家と云うものが如何那ものかも知らず、いつも完全に近い理想を持ち出しては、不満を申し立てた。けれども、暫く、強いても、此那家に住んで見ると、住居と云うものが、住人の趣味やケーアによって、如何那に変化するものか、又、一寸見はたまらないような場所でも、大体辛棒が出来れば、決して落胆せずに手を入れられると云うこと等が判って来たのである。
 嘗ては、住心地のよいとか、カムフォタブルであると云うことは、もうちゃんとそう出来た家に於てでなければ、持ち得ないことのように思って居たのである。自分達が主であると頭では分って居るのだが、いざ家でも定めるとなると、家そのもののよさ、わるさが、却って、自分達を圧するような傾向があったのである。
 台所は遣って呉れる人があると云う安心も、大きにあずかって力あることだろう。
 瓦斯があり、風呂場がなくても建てる場所さえあって四辺が静かなら、外に希望はなく思ったのである。
 今の家はひどい。表通りを荷物自動車が通ると、地震のように家中が揺れる。而も、埋めたての崖の上に建って居る家だから、時に、いやな想像に脅かされることさえある。――
 二時間も立たないうち、出かけたAは、いそいで戻って来た。自分にも一緒に見に行くようにと云うので、二人で、青山に出かけた。一丁目の停留場で降り、本郷から来ると右側の、石勝と云う石屋の横を入って、突当りから左に小一町行った処にあると云うのである。天気のよい日で、明るい往来に、実に尨大な石の布袋が空虚な大口をあけて立って居る傍から入ると、何処か、屋敷の塀に一方を遮られ、一方には小体な家々の並んだ細道は霜どけで、下駄が埋る有様である。
 暫く行くと
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