、古びた木の門が見えた。一方の柱に岡本未と云う小さい表札がうってある。
「此処だろう」
家主は牛込に居た。其処でAは一つ門の中に二軒の家のある、此処を教わって来たのであった。
建仁寺のひどく壊れた外廻りを見廻し、自分は黙って潜り戸をあけた。そして、左右に浅い植込みを持ち、奥にその女の住う格子戸を眺める門内に立つと、覚えず身を縮めるような心持になった。
何とも云えない、ひどい様子である。
とっつきの左にある木戸は脱れてばたばたになって居る。雨戸の閉った玄関傍のつわ蕗や沈丁花の下には、いやと云う程、野犬の荒した跡がある。
隣りとの境の垣根もすけすけになった処には、塵くたが無責任に放り込んである。
余り空が明るく、太陽の光りが美しいので、幾十日か人気なく捨てられて居た家は、まるで、全体が汚穢そのもののようにさえ見える。――
が、我々は――互に内心ではそのひどさを驚いて居る証挙に口もきかず――そろそろ彼方の格子の横木戸から、庭の方に廻って見た。
古草履や鑵、瀬戸物の破片が一杯散らばった庭には、それでも思い設けず、松や古梅、八つ手、南天などが、相当の注意を以て植えられて居る。庭石が、コンベンショナルな日本の庭らしい趣で据えられ、手洗台の石の下には、白と黒とぶちの大きな猫が、斜な日差しを受けて、踞って居る。
乱暴に乱されては居ても、些か風情のある庭の作りが、我々の注意をひかずには居なかった。片町の家には只空地があるばかりで、我々が素人の好みで、ぽつぽつ植込んだ植木が僅かに潤いを与えて居る位である。
無言のうちに少しなだめられて、二人は、ずっと、門傍の木戸から、奥に行って見た。此方にも鍵なりの地面があり、棕櫚や梧桐、楓らしいものなどが植って居る。
彼方此方歩いて居るうちに、先ず樹木のあるのが私を悦ばせ始めた。屋根は仮令トタン葺きでも、家全体が古物でも、眺め、自然を感じる植物の多いのはよい。内部は、翌日の午後でなければ見られないことになって居た。
「どう?」
自分は、手を入れて低く仕立てた八つ手の傍に立ってAに訊いた。
「どうだね?」
彼が反問した。
「随分ひどいらしいけれども――樹だけはいいわね」
「手を入れればよくなるさ。どうせ、そう万事よいと云う処はない。第一此処からだと、学校までたった二三分で行けるもの――」
「――きめましょうか?」
彼は、又、
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