、ダヌンツィオだのが加って行った。ワイルド警句集という小型の本も今度出て来た。あけてみると、ところどころに赤鉛筆でマルがつけてある。
 それからひとりでに武者小路実篤の初期の書いたものだのロシアの作家の作品だのが殖えて来たのを思えば、知らず知らずのうちに明治末期から大正への文芸潮流が、七畳の隅の、粗末な本棚と、まだ半ば眠った女の子の心とを貫いて移ったことが考えられる。
 今度の本片づけには、全く歴史のきつい波翳がさしていて、私は空襲の場合を屡々思いやった。
 震災の時は、災難をのがれた。これらの本たちは、そこにまつわる生活の思い出とともに、これから先は何年、平安にその頁を黄ばませて行けるのだろうか。私には、コンクリートの書庫をつくるという手段もない。どっさりの愛すべく尊敬すべき本たちは、年が新しくなるにつれて豊かな生活の脈搏をつたえつつあるのだが、それらの本を、私はせめていくらか火事に遠そうな場所へ置くというだけのことしか出来ない。でも、一抹の楽天的な響が心のどこかにあって、一つの美しく高い歌のメロディーが甦って来る。ドン・キホーテが、彼の大切な騎士物語の本たちを焼かれたとき、ドン・キ
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