後うつりかわってこんにちに及んでいる日本の民主化のごまかしとすりかえの甚だしさに対して、どんな内心の憤りを表現しようとしているだろうか。
 老いるに早い日本の文学者たちが、六十歳にも近づけば、谷崎潤一郎の「細雪」のようにきょうの一般の現実には失われた世界の常識にぬくもって、美文に支えられているとき、野上彌生子が、「迷路」にとりくんでいることは注目される。「青鞜」の時代、ソーニャ・コヴァレフスカヤの伝記をのせたが、青鞜の人々の行動の圏外にあった野上彌生子。プロレタリア文学運動の時代、「若い息子」「真知子」をかき、労働者階級の歴史的役割については認識しながら、当時の運動については批判をもっている者の立場をふみ出さなかった野上彌生子は、一九四六年後、「狐」「神さま」等の作品を経て、「迷路」に着手した。かつて、「黒い行列」としてかきはじめられ、情勢圧迫によって中絶したこの長篇は、現在第三部まで進んだ。二・二六事件をさしはさんで、ファシズムと戦争に洗われる上流生活の様相と、その中におのずから発展を探る若い世代の歴史的道ゆきを辿ろうとされている。
 野上彌生子の理性的な創作方法とはちがって、はるか
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