戯曲などがあらわれた。新日本文学会は勤労者文学選集二冊、新日本詩集三冊、新しい小説集三冊を刊行することができた。
一九四八年十二月に東條をはじめとする戦争首謀者たちの処刑が行われ、その犠牲において児玉誉士夫のようなファシズム文化の運動に関係ある日本のファシスト戦犯が大量に無罪釈放されて民間にまぎれこんだ。このことは、日本民主化のために重大な害悪となっている。
一九四九年の三月、保守陣営が絶対多数をしめてからの日本は、基本的人権に関するあらゆる面で人民の側からポツダム宣言の忠実な履行を、あらためて要求しなければならない状態になった。
戦争挑発に反対して平和を守ろうとする闘いと民族の独立、日本が軍事基地化されることに反対する男女の声は、文化・学問の自由を守る要求とともに科学者文学者のひろい層の発言となった。文学者の平和を守るための動きは、労働者階級の平和擁護の運動と結合してすすめられるようになりつつある。作品としては肉体派の文学を書いている作家たちも、平和と全面講和の要求にはその名をつらねている。
文学の分野に出場して来た婦人の層は一九四六年以来、非常に立体的に広範囲になってきた。平林たい子の「盲中国兵」「終戦日誌」「一人行く」「こういう女」などは、作者のアナーキスティックな資質は変らないが、戦時中彼女がこうむった抑圧の記録として、また中国捕虜のおそるべき運命の報告書として、強い感銘を与えるものであった。その後この作家が「地底の歌」という新聞小説の連載によってやくざ[#「やくざ」に傍点]の世界の描き手となったことは注目される。作者は日本の暴力、やくざの世界が市民生活の民主化を妨げ(例えば「暴力の街」)、労働者の生命をおびやかすものとして(読売の争議その他の争議へのなぐりこみ)権力に利用されていることについて具体的な知識をもっている筈である。「地底の歌」はやくざの世界の封建性を批判しようとしながら、作者は彼等の世界にある人情に妥協して、反民主勢力としての日本のやくざ[#「やくざ」に傍点]の反社会性をえぐり出していない。自他ともに「逞しい生活力」を作家的特質として認めているこの婦人作家の今後の動きは注視される。
佐多稲子は「私の東京地図」をもって新しい出発に踏みだした。この連作で作者は戦災によってすっかり面がわりした東京の下街のあすこここを回想的に描き出しながら、そこを背景として、一人の勤労する少女が働く若い女となり、やがて妻、母として階級にめざめて行ったみちゆきを描いた。「私の東京地図」と「女作者」「虚偽」「泡沫の記録」などをよみあわせたとき、二十年前に「キャラメル工場から」を書き、プロレタリア文学の歴史に一定の業績をのこしているこの作家が、複雑な良心の波にゆすられながら、民主主義の婦人作家として自身に課している努力を理解することができる。
過去十二年の間わずか三年九ヵ月ばかりしか作品発表の自由をもたなかった宮本百合子は、一九四五年十一月頃から「歌声よ、おこれ」などの民主主義文学についての文学評論のほか、「播州平野」「風知草」などにこの作家にとって独特であった解放のよろこびと戦争への抗議を描き出した。「伸子」の続篇として、一九二七年以後の二十年間の社会思想史の素描ともなる「二つの庭」、「道標」第一部、第二部がかかれ、目下第三部が執筆されている。この長篇は日本の中産階級の崩壊の過程と、その旧い歴史の中から芽ばえのびてくる次代の精神としての女主人公の階級的人間成長を辿りながら、一九二七―三〇年ごろのソヴェト同盟の社会主義の達成とするどく対比されるヨーロッパ諸国のファシズムへの移行などをも描こうとしている。そのような歴史の事情が女主人公の精神と肉体を通してどのように階級的人間を形成してゆくかを描こうとされている。
「暦」によって、働いて生きる人々の清潔で勤勉な人生の語りてとしてあらわれた壺井栄が「暦」の続篇としての性格をもっている「渋谷道玄坂」をかき、その系列として「妻の座」を生んだことには、軽く通りすぎてしまうことのできない意味がみとめられる。
「妻の座」は、題材の困難さも著しい。作者自身としては題材のむずかしさ、苦しさに力の限りとっくんでゆく努力に自覚をあつめているうちに、この作家がこれまでかいて来た平明で、まとまりよくおさめられた作に見られなかった苦渋をにじませた。常識と分別、ひとがらのかしこさがくつがえされて、むき出された人間関係のえぐさ[#「えぐさ」に傍点]は、「妻の座」の場合、作品の世界の中で関係しあっている人物たちが、我知らずその精神、生活態度のうちにもち運んで来ている小市民的な先入観、世俗性のもつれであった。「妻の座」は、この作家について論じるとき無視することのできない特殊な一作となった。
かつて『女人芸術』
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