置かれるのである。
婦人の生産場面への進出は、今日の日本で必要とされ奨励され、婦人の文化の成長の可能のようにいわれてもいるのであるが、大河内正敏氏の著などをよむと、文化の課題として、婦人の内部的成長はどう計画されているかという点で考えさせられるものがある。生産の計量に当っては、田舎の若い単純で素朴な女の子の、長時間単調な労作に耐える能力、家族的な従順さに馴らされている気質、それがそれなりに止めておかれて、それであるからこそ労働の素質として好適と見られている。文化の上から見ればおくれている素質こそ、文明のある操作に便宜であるという、文化と文明とのきわめて微妙なさか立ちの形があらわされているのである。
これを、先にふれた婦人作家の擡頭という現象と今日の現実のうちで綜合して見わたすとき、日本の婦人が今日にもっていた文化の畸型的な性格の両面というものが、ほうふつ[#「ほうふつ」に傍点]と浮彫りになって目の前に浮んでくるようではないだろうか。たとえばここに一人の婦人作家があって、彼女は自分の恋愛についての個人的な経験だけをその限界のなかでしきりに小説に書くばかりで、同じ日本の今日の空の下に働いている若い同胞のよろこび、悲しみ、あるいはそれをさえ溌剌とは表現しない生活のありようというものについて全く無頓着であるとすれば、それは明かに文化の本態の一つの畸型である。逆から見て、働く若い娘たちの感情生活の中心は低俗感傷な映画であって、同じ女が芸術上の貢献をしていようが、科学上の業績を立てていようが、他の星の世界でのことというような状態も、文化の大きい歪みと悲しみとでなければならない。そのような分裂の状態を、真に悲しむべきこととして熱い実感を抱くものが何人あろうかというところに、また文化一般の課題が潜んでもいるのである。
物資の問題と家計の配慮は、特別女の日常には切実で、そのことでは、一般的な共感におかれているわけだが、文化のこととしてこの間の消息を眺めると、ここにも奇妙な現象がある。女子大学の家政科というようなところで、生計指導のための展覧会を行った。現実の物資の条件をどう理解して、どのような生活設計を立てるべきかという指導を目的としたものであったが、そこに書き出され、物価指数、生計指数として示されている数字は、ほとんどその大部分が古いものであり、やや誇張すれば二年前ぐらいのものであったそうだ。そして、家賃として余り珍しい廉価が記入されていたので、そこを参観した経済専門のある婦人が、東京にこんな家賃の家が実際にありましたろうかと質問したらば、それはあることは在ったのだそうだ。池袋かどこかの隅にたった一軒そういう家があった。それで雀躍して、その統計の土台につかったのだそうであった。しかし、東京のうちに一つか二つという例外の家賃を基礎にしてこれこれで家計は切り盛れる統計として示し得るものであろうか。どうしても、一定の貯金が可能であることを示そうとしてそのような無理がなされているのだそうであった。
真の文化性、文化に立った婦人の創造力というものは、こういう非合理や非現実に自然な居心地わるさを感じるものだろうと思われる。教育の程度というようなものが、文化の程度や質と一致するといい切れない適切な実例であると思う。教育は彼女たちに物価指数ということを教え、生計指数ということを教え、統計や図表の製作を可能にした。しかし、生きている生活の姿は、一つの先入観となっている目的を達するために歪められて、あるままの条件、そのうちにこそ国民の多数が生きているその条件を、無視してしまっている。そのような悲しき滑稽というべき婦人の非論理性はどこから忍びこむかといえば、窮極にはその図表の製作者たち自身の実際の生計は、その図表の求めている窮屈な総計の枠内に営まれているのではないという現実の隙間からすべりこんで来ているのである。
彼女たちは、その家政科の学識を駆使して、まず一定の生産的な社会的な勤労に従う男女はどれだけの食餌、どれだけの休養、どれだけの文化衛生費を必要とするか、客観的な標準を立てて、さておのおのの収入総額によってどれだけの不足がどの部分に生じているか、それは今日どんな形で補充されているか、本来ならばこの方法によるべきであろうというところまで示してこそ、リアルな生計図表が社会生活の進歩の方向をとって作られたといえるであろう。
創造の能力というものはもとより無から有を生じさせる魔力ではなく、必ず素材的な何かはすでにあるのだが、それの模写ではないし、ただのよせあつめの累積でもないし、ましてや、あのものとこのものとの置きかえではない。一と一とを足して二になるという関係ではなくて、そこから新しい質の一を産み出してゆく力が創造の力であると思う。過去の歴史の絵巻が示
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