時格別の批評もなかった。しかし、二十年ばかりの間、この作者が真面目に、苦しみ多く、しかも内輪にかきつづけて来た作品の世界を知っている読者は、この「憑きもの」一篇をよみ終ったとき、しずかな涙が湧くのを覚えたろうと思う。処女作品集『秋』から『光子』『妻たち』『汽車の中で』『若い日』その他重ねられている網野菊の人生の図絵は「憑きもの」に要約して語られているとおり、日本の下町の複雑な家庭のいきさつとその中での女、娘の生きて来た姿であり、更に、大学を出て、哲学をやっても妻というものに対してはおどろくばかり旧い常識に立っていた良人との生活、その破綻の図絵であった。しきたりのうちに育って、自分もそのしきたりに縛られているところもありながら、人間らしさで、人生の大半をそこにある不条理に苦しみつづけた作品の世界であった。作者は、これまでそのいきさつの中で揉まれ、こづかれ、傷けられる女主人公の姿を追って、克明に描きつづけて来たが、決して、客観的に問題を展開して来なかった。日本の社会における婦人の問題、家の問題として構成してはとりあげず、芸術によって常識とたたかうことをして来ていなかった。そのために、この作
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