その意力の美しさであることを語っている。アランの言葉などをひいて、筆者は情感を傾けその点の賞讚を惜しまないのであるけれど、そのようなものとして作者の生きる情熱の本質が見られ得るならば、何故に「くれない」の明子が、自身の努力と生とに絶望するほど苦しがるそのいきさつを、「当然うく可き刑罰で」あると冷酷らしく観ることが出来るのだろう。
理解をもっているらしく見えて、しかもとことんのところで、女の真情を理解しがたくされている日本の社会因習の心理の、その襞の間にこそ、多くの婦人作家たちの、救いがたい今日の「女心」の装いが棲息する場所を見出しているということを、明日への文学の精神は、率直に省みなければならない。
明子が、力んでばかり来た自分の横面がぴしゃっと張り倒されたような思いで泣けて泣けて、「ある時期にふと思い上ったということで自分は人生からこんな復讐を受けねばならないだろうか」と悲歎にくれる。その悲歎を稲子論の筆者は、精神の低いのに高いと思いちがえて、お茶を出すとか出さないとかいう些事にまで自分の成長を意識して来たその刑罰と肯定しているのである。
「くれない」の作者が、この「思いあがった
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