したおそるべき女の力を描き出している。
トルストイがどこかで語っている。「文学の第二流の作品では、男の作家の書いたものより、婦人作家のものに却ってすぐれたところがある」と。婦人の作家は、素朴であるかわりに、人生に対して、より人間らしく、より不正に対して敏感であり、真率な真心で読者の心をうつものをもっているというわけである。ジョルジュ・サンドの古典的ないくつかの作品。ポーランドの婦人作家オルゼシュコの「寡婦マルタ」、マルグリット・オウドゥの「孤児マリイ」その他パール・バック、アグネス・スメドレイ、丁玲、ワンダ・ワシリェフスカヤ等の作品はこの事実をうなずかせる。昭和十四年という歴史の頁の上で、少からぬ日本の婦人作家群のうちの何人が、少くとも、明治末・大正中葉の、女も人間であるというつよい主張に立って、自身の文学を自覚し制作していたであろうか。
すべての婦人作家は、婦人に人間らしいひろやかで自立した生活を求める心から、小説をかきはじめたのだと思う。婦人が文学に入り、小説をかきはじめる真実の動機は常にそこにあって、ヴァージニア・ウルフの云っているように、小説という文学の形式が未完成であって
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