小説を時々『新青年』に売ったりしつつ、平林たい子は『文芸戦線』のグループに近づいた。そして彼女の文学的一歩を印した「施療室にて」が生れた。
 一九二五年に書かれた「投げすてよ!」という作品は「色々な意味で苦しんでいた自分にもよびかけ、女性の新境地を描くことをもって」当時新しくおこったプロレタリア文学に「独特の生面をひらく決心をした」作品として、作者自身にも評価されている。「投げすてよ!」は、この作者の代表作である「施療室にて」などとともに、アナーキストである男と朝鮮、満州を放浪した時代の生活を描きつつそこから何かの方面へ脱け出て行こうとする一人の若い女性のもがきを描いたものであった。
 この作品に描き出されている男女の関係は苦しく混乱し、虚無的である。「布団で押えつけられるような息苦しい小村の愛がどろ/\と淀んでいたばかりであった。女をまもる為には、思想までを古着のように売飛ばす痴者を光代はしみ/″\と自分の傍に感じた。」しかし、そう感じながら光代はその夫について、大連まで放浪して行く。「腹の子はどうするか」「彼を失って自分の生活は果して幸福かしら」そんなことにも心をとられる「意力のな
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