ように書いている。「少くとも僕の場合は唯ぼんやりした不安である。何か僕の将来に対する唯ぼんやりした不安である」
その「ぼんやりした不安」というものこそは、プロレタリア文学から云えば前時代の本質に立つあらゆる既成作家の胸底に投げられていた痛切なかげではなかっただろうか。都会人の感覚とインテリゲンツィアらしい鋭さ、もろさをもちつつその明敏のゆえに自身の矛盾をごまかせなかった芥川龍之介の三十六歳の死は、有島武郎の場合とはちがったより知的な、知識階級にとってより歴史的な衝撃で人々をうったのであった。
島崎藤村は、芥川龍之介の死後一年において、昭和四年から、現代文学の一つの記念碑となった「夜明け前」を執筆しはじめた。これはすべての旧いものを押し流すかのように流れはじめたプロレタリア文学に対していかにも藤村らしく、奥歯をかみしめて顔つきはおだやかな抵抗の示しかたであった。藤村は明治維新というものを、馬籠の宿の名主一家の生活に集注して、維新というものの中に生きのこった封建性の側から、執拗に描きはじめたのであった。
このような激しい新文学運動の波動につれて、日本の婦人作家も、その本質に変化をもち
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