、人間主義の思潮にとってルネッサンス以来歴史的な本質であった批判の精神をすてていたことは、どんな声も無駄にする欠陥であった。自己愛護から批判精神を肯定克服出来なかったことは、日本の現代文学が、その後ひきつづいて陥った悲惨な過程の重大な動因をなしている。治安維持法は外から、文学の内部からはその法律の兇猛さにおされながら、しかも自分たち文学者が理性を喪失するのは、自分たちの責任ではなくて、これまで、社会性階級性を文学に強要したプロレタリア文学に対する正当な「人間復興」の一部分だという風な考えかたは、果もなく現代文学を崩壊させた。
 過去の日本文学のジャンルで、「随筆」と云われたものは、評論に期待される批判精神の骨格を求めず、小説に必要とされる構成も求められなかった。構成の本質は現実把握である。随筆流行が、決して、その時代の真剣な文芸思潮の高揚を語らないのは、世界の文学史をみてもわかる。気分や雰囲気を中心としてかかれる随筆的傾向に応じて出現した婦人作家が、社会的感覚において旧套に服しているのもさけがたいことであったかもしれない。間もなくこの「人間復興」の声が戦争進行の怒濤の下に巻き去られ、「生産文学」という方向へ動いて次第に文学作品から人間生活の像が追放されはじめた。戦争遂行のために生産は高められなければならず、農民は忍耐づよい増産にいそしまなければならず。この時代に間宮茂輔によって提唱された「生産文学」、有馬頼寧を頂く「農民文学」の会などは、すべて間接に戦争協力の方向に立った。やがて全く自主の世界を喪った純文学が、文学の外のよりつよい軍事的な政治力にすっかり圧倒されて、文芸協会は文学報国会となり軍情報部と情報局の役人をその理事に頂く有様となった。数年前は若い女性のために新しい場面を提供した『女人芸術』もその自由を萎縮させてしまった。これらの時期に送り出された何人かの婦人作家たち、例えば川上喜久子、小山いと子、岡本かの子などが、その創作のモティーヴにおいて、それ迄の人々とは著しく異った要素をもって来ている事実に注目しなければならない。
 嘗て横光利一が文学における高邁な精神ということを云った。だがその現実は、社会的生活者としての人間とその文学における思考と行為の収拾しがたい分裂への降服の叫びであった。現代文学は、この時期に入って益々そのギャップを救いがたいものにし、作家の
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