わるふざけ》をされていた。
 その晩もいつものように酒屋は大騒ぎであった。酒の香りに集って来る蚊をバタバタ団扇《うちわ》で叩きながら床几に寝ころんでいる者の中には新さんも珍らしく混っている。
 皆が、漬物をつまんだり、盃を廻したりしながら、町の婦人達の悪口や愚にもつかない戯言《たわごと》を云ってワヤワヤしている傍に、新さんは黙って、蚊が一匹溺れている自分の盃を見ていた。
「や、ほんに新さんがいたんだんなあ。あまりおとなしいでいんのー忘れてしまったわえ、さ! 一杯明けな。酔えば天地あ広《ひれ》えもんにならあ」
 新さんは酒を飲もうともしなかった。
 けれども、今まで放って置いた気の毒さも混って、皆は急に新さんにいろいろの言葉をかけた。
 あんな化物豆なんか心配しないで、自分は自分でさっさと遊ぶなり、ほかへ出るなりしろと力をつけながら、あの、子を子とも思わない鬼婆なんかぶんなげてやれとかなんとか罵った。
 甚助などは拳骨を振り廻しながら、
「お前さえウンと云や己が黙っちゃ置かねえ」
とまで云った。
 チビリチビリと酒をなめながら、皆の云うことを聞いていた一升は話の絶《き》れ間《ま》を待って
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