わるふざけ》をされていた。
その晩もいつものように酒屋は大騒ぎであった。酒の香りに集って来る蚊をバタバタ団扇《うちわ》で叩きながら床几に寝ころんでいる者の中には新さんも珍らしく混っている。
皆が、漬物をつまんだり、盃を廻したりしながら、町の婦人達の悪口や愚にもつかない戯言《たわごと》を云ってワヤワヤしている傍に、新さんは黙って、蚊が一匹溺れている自分の盃を見ていた。
「や、ほんに新さんがいたんだんなあ。あまりおとなしいでいんのー忘れてしまったわえ、さ! 一杯明けな。酔えば天地あ広《ひれ》えもんにならあ」
新さんは酒を飲もうともしなかった。
けれども、今まで放って置いた気の毒さも混って、皆は急に新さんにいろいろの言葉をかけた。
あんな化物豆なんか心配しないで、自分は自分でさっさと遊ぶなり、ほかへ出るなりしろと力をつけながら、あの、子を子とも思わない鬼婆なんかぶんなげてやれとかなんとか罵った。
甚助などは拳骨を振り廻しながら、
「お前さえウンと云や己が黙っちゃ置かねえ」
とまで云った。
チビリチビリと酒をなめながら、皆の云うことを聞いていた一升は話の絶《き》れ間《ま》を待って、重々しく云い出した。
「一体《いってえ》なあ新さん。お前《めえ》はあげえなおふくろー神様か仏様あみたえに思ってんが、第一《でえいち》のまちげえだぞ。お前のおっかにしろ、どいつのおふくろにしろ皆女子さ。どこの世界《せけえ》だて女子にちげえはねえだ。悪《われ》えこったってすらあな。邪魔んなりゃお前をぼん出そうともすらあな!」
「そらそうだべ。けんどあげえなこって親子喧嘩しちゃ、親父《ちゃん》にすまねえ。俺らせえ黙ってりゃすむこんだかんなあ。俺らそげなことをする気はねえ」
「だからお前は仏性《ほとけしょう》よ、めったにねえ生れつきだんなあ。死んだ親父《ちゃん》の云った通りのことー云ってんぞ」
「そいから見りゃお前は、極道者《ごくどうもん》だんなあ、一升」
傍から甚助が口を入れた。
「ほんによ。こげえな極道者の行く先あ大方定ってら」
「お前等今頃んなって、そげえなことほざくんか? のれえなあ。見ろ、俺らのそばにゃもうちゃんと地獄がひっついてら。ほかへ行ぎようもねえじゃねえかあ!」
と一升は、自分のそばに坐って漬物を食おうとしている酌婦上りの女房をさした。
「ハハハハハハ。ハハハハハハ」
「
前へ
次へ
全62ページ中46ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング