度を失ってしまった。逃げ出したくはあっても、獣のような彼等に敗北して行くのはあまり口惜しい。皆興奮し、ヒステリックになってちょっと指を指されても大声を上げそうになっていると、甚助の子は、ぼんやり立っている善馬鹿の耳端で何かささやきながら、妙な身振りをして彼を突飛ばした。
突飛ばされて、彼は真直に婦人達の中に入って、
「へ……。へ……」
と笑いながら、見ていられないような様子をしはじめた。
婦人達は恥かしさと、怒りで真赤になり、袂を顔にあてながら、
「失礼じゃありませんか!」
「あんまりです! 何をするの?」
と叫びながら立ち去ろうとした。
こうなると貧民共の獣性はすっかり露骨になってしまって、大人までが聞くに堪えない冗談を浴せかけた。
会長夫人は気が違いそうになった。そして涙を目一杯にためながら、傍の人から金包みを引ったくると、狒々婆の顔へギューギューと押しつけて叫んだ。
「は、早く行って下さい! あまり、あまりひどい。さ! さ! 早くってば! あまり……」
婆さんはようよう立ち上って、善馬鹿を向うに突飛ばしながら、非常に落付いて、
「どうもお有難うござりやした。おかげさまではあ三人の命がたすかりやす。御恩は決して忘れましねえ」
と云うと、三人一かたまりになって、満足げに行ってしまい、人々の騒ぎはよほど鎮まった。
さすがの婦人達も暫くは、気抜けのしたように立ったまんま、どうすることも出来ずにいた。
けれども間もなく、会長夫人は辛うじてその威厳を回復して、群集一同を恐ろしい目で睨み廻した。そして、黙ったまんま皆の先に立って歩き出した。
何という帰り道のみすぼらしさだろう! 甚助の子は遠くの方から、馬の古鞋《ふるわらじ》をなげつけたり、犬を嗾《けしか》けたりしてついて行ったのである。
十五
町の婦人連は来た、金を撒いた、そして帰って行った。
ただそれだけのことである。けれどもそのために、狭い村中の隅から隅まですっかり掻き廻されてしまった。
子供等は、盆着を着せられて、村にただ一軒の駄菓子屋の前に、群がってワヤワヤ云っている。
大人どもは、貰った金を、何にどう使うかということで夫婦喧嘩や親子喧嘩をして、互同士の嫉みが向う三軒両隣りに反目を起させた。
けれども、私の家だけは、相も変らず「繁昌」しているのである。
一昨日と同じよ
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