でも「ほどこし」をしようということになった。
故人が、貧民救済には、随分心を用いていたのだけれども、多用だったり、基金が無かったりして、意のままにはならないで終ってしまったから、自分達がその遺志を継ぐのは当然のことであるというのであった。
婦人達は皆勢づいた。そして、早速刷物を作って、町中の少くとも誰さんといわれるほどの人へは、残らず配付して、お志の御寄附を勧誘したのである。
その珍しい印刷物を手にした者は、皆様々の思いに打たれた。或る者は喜び、或る者は身に及ばないことではあるが、どうかして仲間から脱けたくないものだという苦しさに迫られた。
町中はこの噂で一杯になり、町が始まってから初めてのことだといっても好いくらい、女の人の仕事の稀なこの土地では、天道様が地面から出たような騒ぎであった。
けれども、じきに種々な苦情が起って来て、関係者を非常に困らせた。
それは、こんな女が委員だとか何だとか、麗々しく名を出しているのに、一体私はどうしたのだ、というようなことから、誰彼の差別なく名を並べて置くよりは、会長とか副会長とかから、末は馳《はし》り使《つか》いまで明かな役名をつけて置かなければいけないということである。殊に、その候補者の中には自分をも加えている自信ある夫人達は、熱心にその必要を称えたのである。
女の仕事はとかく事務的でない、責任を感じないといわれているのだから、私共は時局に鑑《かんが》みて出来るだけ完全なことをしなければならないと思いますがということが、だんだん大きな声になって来たので、とうとうすべてを選出することになった。これは益々町を只事でなくした。会長、副会長の望みのない者は、せめて一歩でも誰々の上に出ようとする。甲が思えば乙も願っているので、互の要求が衝突する。表面が平穏でありいわゆる婦人のつつましやかに被われていればいるほど、内輪では青くなり赤くなりして、自分の良人はあの人のよりは上役なのだからと、狭い郡役所の二階でほか役にも立たない権利までも利用して掛ったのである。そして、散々ごたついた末ようよう役割りが定まって、事がどうやら落着いた。もちろん小さい不平は決して納まった訳ではない。会長に選まれた婦人は、町で一番大きな病院長の夫人で山田院長夫人と呼ばれていた。別に力量がある訳でもなしするけれども、若し彼女の野心を満たして置かないと、あと
前へ
次へ
全62ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング