一つ二つ三つ四つ。
彼は順繰りに分けていたが、不意に、前後を忘却させたほど強い衝動的な誘惑に駆られて、皆の顔をチラッと見ると、弟達のへ一つ入れる間に、非常な速さで自分の椀に一つだけよけい投げ込んだ。
そして、何気なく次の一順を廻り始めようとしたとき、
「兄《あん》にい、俺《おい》らにもよ」
と、そのとき貰う番の弟が、強情な声で叫んだ。後の者も、真似をして椀をつきつけながら、兄に迫って行った。
兄は、自分の失敗の腹立たしさに、口惜しそうな顔をしながら、突き出された椀の中に、小さい一切《ひときれ》をまた投げ込んでやった。
けれども、初めに見つけたすぐ下の子は、兄のと自分のとを、しげしげ見くらべていた後、
「俺ら厭《や》んだあ! お前の方が太ってらあ」
と云うなり、矢庭に箸をのばして、兄の椀からその太った丸いのを、突き刺そうとした。
物も云わせず、その子供の顔は、兄の平手で、三つ四つ続けざまに殴《ぶ》たれた。彼は火のつくように泣き出した。そして、歯をむき出し、拳骨をかためて「薯う一つよけいに食うべえと思った奴」にかかって行った。
それから暫くの間は、三人が三巴《みつどもえ》になって、泣いたり喚《わめ》いたりしながら、打ったり蹴ったりの大喧嘩が続いた。仕舞いには、何のために、どうしようとしてこんなに大騒ぎをしているのかも忘れてしまったほど、猛り立って掴み合ったけれども、だんだん疲れて来ると共に、殴り合いもいやになって来た。気抜けのしたような風をしながら、めいめいが勝手な所に立って、互に極りの悪いような、けれどもまだ負けたんじゃねえぞと威張り合いながら、いつの間にかこぼれて、潰れたり灰にころがり込んだりしている大切な薯を見詰めていた。
皆、早く食べたい、拾いたいと思ってはいるのだけれど、思いきって手を出しかねていると、喧嘩を始めたなかの子が、押しつけたような小声で、
「俺ら食うべ」
とこぼれたものを、拾い始めた。
これを機《しお》に、ほかの者も大急ぎで拾った。
そして、また更《あらた》めて数をしらべ合うと、今はもうすっかり気が和らいで、かけがえのない一椀の宝物を出来るだけゆるゆると、しゃぶり始めたのである。
これは、町に地主を持って、その持畑に働いている、甚助という小作男の家の出来事である。
二
ちょうどそのとき、私は甚助の小屋裏の畑
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