ヤニヤしながら、顔を見合っていたが、中の一人が、おかしい訛のある調子で、
「ちっともとれねえのね」
と口真似をした。
このいたずらはすっかり私を喜ばせた。
彼等がそんなことをするくらい私に、馴染《なじ》んで来たのかと思うと嬉しかったので、私はしきりにほめた。
子供達は、私の笑う顔を薄笑いして見ていたが、急に持って来た鍋や網をとりあげると、何かしめし合せて調子を合せると一時に、
「ほいと! ほいと! ほいとおーっ!」
と叫んだ。
そして崩れるように笑うと、岸の粘土《ねばつち》に深くついた馬の足跡にすべり込みながら、サッサと馳けて行ってしまったのである。
私は、何が何だか分らなかったけれども、ぼんやり川面《かわづら》をながめながら、非常に生々と快く響いた彼等の合唱を心のうちで繰返した。
「ほいと! ほいと! ほいとおーっ!」
私は小声で口誦《くちずさ》みながら家に帰った。
そして誰もいない自分の書斎に坐ると、あの子等のしたように大きな口をあけて叫んで見た。
「ほいと! ほいと! ほいとおーっ!」
ところへ、祖母が珍らしく妙に不機嫌な顔をして入って来て云った。
「お前は一体何を云っているの? そんな大きな年をして馬鹿をおしでない」
私はちっとも知らなかった。「ほいと」というのは「乞食」を指す方言であったのだ。
八
この村の農民共は、子供の教育などということをちっとも考えていない。子供等は生み落されたまま、自然に大きくなって男になり女になりして行くのである。
もちろん彼等だって子供は可愛い。けれども、すべて単純な感情に支配されている彼等は、子供を育てるにも、可愛いとなると舐殺《なめころ》しかねないほど真暗になって可愛がる。
が、若し何か気に入らないことや、憎いことをしでもしようものなら、彼等はほんとに可愛さあまって憎さが百倍になってしまう。擲《なぐ》る蹴る罵るくらいはあたりまえで、ひどくなると傷まで負わせて平気である。
そんなときは、子供だなどという気持はなくただ憎らしい、ただ腹が立つばかりなのである。
それ故、子供等はよほど健康な生れ附きでないと、大抵は十にならない内に死ぬかどうかしてしまう。
どんな木の実でも草の実でも、食べたい放題食べ、炎天で裸身《はだか》になっていようと、冬の最中に水をあびようと、くしゃみ一つしない人
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