のようにドサンと仰向けに寝た。そして、大口を開《あ》いて、鼻をグーグー鳴らしながら寝込んでしまった。
 犬がそろそろと首を伸して、彼の手に持たせたまま片端から鮭を食べ始めると、子供等は彼のした下等な身振りの真似をしたりしながら、しきりに彼を起しにかかったのである。
 一人の子は「狐のしっぽ」で鼻の穴をくすぐった。
 蹴ろうが怒鳴ろうが、ゆさりともしないので、図に乗った子供達は善馬鹿を裸体《はだか》にし始めた。彼等は掛声をかけながら、だんだん肌脱ぎにさせたとき、いつの間にかそこにおって、様子を見ていた若い者がいきなり、
「そげえなことーするでねえぞ。天道様あ罰《ばち》いお下しなさんぞ」
と真面目に口を出した。
 皆はびっくりして、いたずらの手を止めて男の顔を見ていた。すると、中でも一番頭株らしい十四五の子は、口を尖《とんが》らして、理窟をこね出した。
「わりゃあ朝っぱらから、おっかあに怒鳴られてけつかる癖にして、俺らの世話焼けるんけ? う?」
「おめえあの人知ってるんけ?」
 一人の子がヒソヒソときくと、急にこの子は得意そうな顔になって、一層冷笑的な口吻で叫んだ。
「うん、知ってっとも!」
「水車屋《くるまや》の新さんてだなあ、おめえは。そんで北海道から、食えなくなって、おっかあんげへ戻って来たんだって、こんねえだおめえのおっかあがいってたぞ。いくじのねえ奴だて……」
 皆は声をそろえて笑った。
 けれども、新さんは別に顔色も変えずに、
「考《かんげ》えてからするもんだぞ」
と云いながら行ってしまった。
 それから一しきり、子供達は腹の癒《い》えるほど妙な新さんを罵ったけれども、もう一旦やめたいたずらはまたやる気にもなれず、肌ぬぎにした善馬鹿を、各自《めいめい》が、
「俺らの知ったこっちゃねーえぞ!」
と叫びながら一足ずつ蹴りつけて、ちりぢりばらばらに走《か》けて行ってしまった。

        六

 今年六十八になると自分では云っている善馬鹿のおふくろは、孫と一緒に或る農家の納屋のような所を借りて住んでいる。
 家賃を払わないで済むかわり、まるで豚小屋同然な所で、年中蚤や南京虫の巣になっている。
 それでもまだあの狒々婆《ひひばあ》さま――彼女は顔中皺だらけの上に白髪を振りかぶり、胸から腰が曲って何かする様子はまるで狒々なので皆が彼女の通称にしている――にはよす
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