えれえ勢なこんだ」
多勢の注目の中に馳け込んだのは、善馬鹿のおふくろである。
まあ一体何というなりをしているのだろう?
白髪が蓬々さかだって、着物の袖が片方千切れているのも知らないように、喉元でハーハー喘いでいるのだもの……。
「ま、善がおっかあでねえけえ。どうしただ。何いそげえに狼狽《あわ》ててんだ?」
「誰《だん》だえ? う? 首縊りしたなあ誰だえ?」
婆は、真青な顔をして、皆を突きのけながら掛っていた菰《こも》をまくろうとした。
「あんすんだ。新さんよ! 水車屋の新さんが可哀《かわえ》そうにこげえなざまになっただよ!」
「気い落付けて、ゆっくら話しても分んでねえけえ」
震えている婆を皆はなだめに掛った。
「何に? 新さん? 水車屋の新さんなんけ?」
彼女は、がっかりしたようにためいきをついた。そしてしばらくだまっていたが、急に顔をしかめると、
「俺らげの善もな行方が知んねえ。そんに、今朝俺らに、どこの奴だか知んねえが、おめえの馬鹿が隣《となん》の村の、沼っぶちとかで妙な風してんのー見たぞと云って来たで……」
と云いながら、ポロポロ涙をこぼした。
死ぬ筈はないから安心しろといくら慰めても、今度はきっと何か変事があったような気がしているからどうぞ死骸だけでも捜してくれと、婆は皆の前へ土下座をするようにしてたのんだ。
「あれの面倒よく見て置きでもしたら、俺ら案じねえ。けれど碌に飯も食わせねえでいただから、俺ら恐ろしい。きっと死んだら俺ら怨んべえ。どうぞ、どうぞ、こげえにねがうもん! 聞いてくんろーよ!」
皆は、やはりこの二三日前からの天気は只事ではなかったと思った。
「一夜のうちに、二人も人間がくたばるたあ、何事だべ」
「解くに解かんねえ前世からの因縁事あ、恐ろしいもんだ」
「まったくおっかねえもんだ。が、俺《おい》らの力じゃどうにもしようがねえだ、南無阿彌陀仏……」
「せめても極楽往生させてえもんだなあ」
集っていた者の半分は、婆を連れて、陰気にのろのろと、離れて行った。
風が吹くたんびに、菰の端がめくれて、濡れしょぼけた着物だの、足の先だのの見える死骸の番をして、墓場の中に取り残された者共は、ほんとうに真面目な心持で、よく寺の和尚《おしょう》が話す、前世の宿縁とか、極楽とか地獄とかいうことを考えると、何でも黙って堪えていた新さんは、こうして死
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