元で離魂病者のように動いている。
 両手でしっかり顔を掩い、道一杯にあちらこちらへ吹きよせられ、吹きよせられて来た人影は、思いがけぬ人の足音に驚かされたらしく、掌の中から顔を出して、暗と塵の幕を透して、来かかる者を見ようとした。
 絶えずよろけながら辛くも持ち堪えていた者の前に現れた第一の人影は、どれほど恐ろしく偉大なものに見えたろう!
 第二の影はよろよろと片陰の木の茂みに身を潜めた。
 人影を行き過ぎさせようとしたのである。
 けれども、どうしたことか、今まで正面ばかりを見ていた第一の影は、その木立の前へ来るとピッタリ歩くのをやめた。そして、非常に熱心な態度で反対の方を見守っている。そこには、かなり多くの木々の梢に遮られながらも、村役場の灯火が赤く赤く、非常に目立つ輝きを以てまたたいていたのである。
 第一の人影は、暫く全身の注意を傾けて、その一点の光明を凝視していたが、やがて急に身を躍らせ両手を宙に振りあげて跳ね上ると極度の歓喜《よろこび》と喫驚《おどろき》の混同したような、非常に高く鋭い、
「ワアーッ!![#「!!」は横1文字、1−8−75]」
という叫び声を発するや否や毬のように走り出した。
 二つに折り曲った体、口を開き歯を露出した頭を前へ突出して、瞬きもせず、ただ一方を見守って砂煙のうちを走る彼の体の周囲には、迅《はや》い風音がシュッシュッと後へきれぎれに取り遺されて行ったのである。
 第二の影はまたソロソロと歩き出した。
 両手で顔を掩いよろめく小さい姿は、風のなぶり者となりながら、次第次第に遠くなって行った。

        十八

 夜中の大風は暁方になってから驟雨を誘った。
 降ったり止んだりする雨は、かなり激しく往還を荒して幾条もの小流れが道の左右に付いて、中央に二本通っている車の轍《わだち》の跡の溝には、茶色の泥水がゴッゴッと云って流れて行った。
 農民共は、皆家に籠って鞋《わらじ》造りや繩|綯《な》いに時を費していたけれども、何かせずにはいられない子供等の一群は、村端れの雑木林へ入っていた。
 そこには、秋の早い頃から名もない「きのこ」が沢山頭を出し、稀には「なめこ」が黄色な姿で小さい採集者を、得意の絶頂まで引摺り上げたりすることがあるので、今日も子供等は、わざと険しい天気に「菌《きのこ》がり」を始めたのである。
 彼等は皆一生懸命に捜
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