が彼女の目前に拡った。畳が粗末な琉球表なので、余計のべたらに広く見えるのだ。それにしても、何という貧弱な有様だろう。房は、もう一年もこの室で暮したという志野が、よく我慢出来ると驚いた。壁は、ぼけてよく色も見分けられないようになった花模様の壁紙で張られているのだが、破れたところは破れぱなしであった。家具らしいものは何もない。小さい角火鉢のがさがさに荒れたのが、戸棚の前にぽつねんとあった。出がけに脱いで行った志野の綿ネルの寝間着が、衣紋竹に吊下っている。琴一面あるだけで、やっと住んでいるのが女だと察しがつく位の様子であった。――房はやがて、立ち上った。彼女は戸棚をあけると、バスケットの中から縮緬《ちりめん》の財布を出し、外に出かけた。
 大露台の隅に、低い流しが据えつけてあった。上のところに二段棚が吊られ、自炊の台所となっている。房がそこで夕飯の仕度にとりかかっていると、ガタガタ下駄のまま階子《はしご》を昇って、志野が帰って来た。人なつこい心持に溢れ、前かけで手を拭きながら飛び出した房と顔を見合わせると、志野は、
「あら私、何だか変だわ、嬉しいみたいな、恥しいみたいな」
と笑い出した。
「人が待っていてくれるところへ帰って来るなんて、まるで珍しいのよ」
 房は、志野が袴をぬぐ間傍に立って見ていた。
「ひどい埃ったらなくてよ、外」
「――着物きかえる?」
「そんなしゃれた訳にいくもんですか、ふだん着だって勤め着だって一枚こっきりだわ、私なんぞ。――どうだった? 退屈じゃなかった?」
「ふむ――でもこの部屋、ひどいのね昼間見ると――そこの硝子どうやったらあくの」
 志野は、半幅帯をちょっきり結びにしながら、上眼で部屋を見廻した。
「どこ?」
「表のさ、あすこが明くとからりとすると思ったんだけれど」
「ああ、あすこ。あすこは駄目だ」
 志野は、二十三にしては小柄で若々しく白い喉をふり仰のけるようにしてころころと笑った。
「あすこは明かないわよ、釘づけだもん」
「夏どうするの、蒸れちゃうわ」
「いいわよ、今からそんな心配しないだって――実はね――去年の夏、あすこを夜中まで開けっぱなしでうんと騒いだことがあるのよ、そしたら巡査に呶鳴られちゃってね――下の神さんなんて――仕様がありゃしない、意地ばっかり悪くて……」
 二階は、一室ずつ貸し、下では氷問屋を営んでいるのであった。
 着
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