――そんなこといったってお前――」
 幾枝は、膝をかがめるようにし、尚子の腕ごしに眼頭の涙を拭きながら、当惑した気持になった。尚子がいうより先に、彼女は、市原の周囲にやや不調和な存在を気にしていたのだ。さりとて、北海道の官吏に嫁している妹をのぞけばただ一人のともかく頼りになる弟である彼をどう出来よう。幾枝は、俄に死んだ良人の心をうけつぎ代表する子供等という感じに打たれながら尚子をたしなめた。
「いそがしい中を親切から来て下すったのにかれこれいう人がありますか!」

        三

 葬儀をすまして帰りぎわにいい置いて行ったとおり、祐之助は三ヵ月ばかり経って上京した時、一枚の設計図を持って来た。彼は、故人が存生の頃どおり茶の間にあぐら[#「あぐら」に傍点]をかきながら、
「どうです」
と、巻いたワットマンをひろげた。
「いいだろう」
 それは、荻村の墓の図案であった。祐之助は、生前故人をよろこばせられなかった代り、墓だけは自分にまかせてくれと、やかましくいって引受けたのであった。
 彼は、ポケットからエ※[#「ワ」に濁点、1−7−82]・シャープを出し、
「よく御覧なさい、ここにほら一枚大きい石がはまってるでしょう、ここがとりはずし自由で、内が龕《がん》になっているというわけさ。――どうだね」
 彼は、覗いている尚子にいった。
「立派なもんだろう? このとおりの色の大理石を使うんだぜ。型だってなかなか凝ったものだよ」
 尚子は、疑わしいような表情で、淡いチョコレートに黒の斑入り大理石を使い、イオニア式台石か何かかさばった図案を見守った。
「――この――御戒名書いたところ――こういう風にはすっかいになるの?」
「そうそう、ここが工夫したところだ。真っ直立ったのじゃ平凡だが、ここがこう羊皮紙を巻きのばしたように――よくローマ人の絵にあるだろう――こうなって、左右の下にどっしりこの台が出ている。これで、ただの墓じゃあない、立派なモニュメントになるのさ」
 羊皮紙になぞらえたところに、故人の戒名と並べて幾枝の戒名も書いてあった。
「どうです? 文学者らしく堂々としていていいでしょう」
 幾枝は、不決断に、
「そうね」
と答えた。
「よかりそうに思うけど――まあ一遍織田さん達にも見せなけりゃ――あの人達が何ていうか――」
 彼女は、悲しいような、詰らないような笑いを浮かべ
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