向いて、
「どう?」
と云った。
「私たちは、こういう目にも会うのよ」
 そして、自嘲するように笑おうとしたがみどりの唇が震えて、見る見る目に涙が湧き出して来た。頬っぺたを涙の粒がころがり落ちた。それを荒々しく手の甲で拭いて、みどりは鼻の頭をコンパクトでたたき始めた。
 わきに立って、その様子を見ているミサ子はみどりの気持が一々わかる。
「――出ちまいなさいよ!」
 ミサ子は思わず親身な声を出して云った。
「出されちまうわ、どうせ。堂本の奴ったら……畜生! ひとを……旗日だってったら、証拠を見せろだって手なんぞ出しやがって……チェッ!」
 帯までしめ直すと、みどりがやや気の鎮まった調子で、
「何か用だったの?」
ときいた。
「あなたもしかしたらこの次の左翼劇場見に行くかしらと思って――私のところに割引で切符を買うついでがあるから訊きに来たんです」
「まあ――ありがとう。それでわざわざよってくれたの?」
「近いもん」
「そりゃそうだけれど――私、うれしいわ。是非仲間へ入れて下さい! お金わたしておきましょうか?」
「切符とひきかえでいいわ」
「……じゃ、私ハンド・バッグとって来なけりゃ…
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