てちょっと話して出て行った後、男の社員が、
「おい、何をこそこそやってたんだい?」
などと云っても、サワ子まで、
「楽しい相談!」
と笑いまぎらすようなゆとりが出て来た。ミサ子はその日のひけ際、いそいで順子のところへよって話をまとめた。おとなしい順子は、
「あなた達の方、この頃何だか面白そうでいいわねえ、こっち平凡よ」
と羨しそうに、毒のない好奇心を示して云った。
「そっちはそっちであなたでも先に立ってやればいいのに」
「駄目よ。……まあお仲間に入れといてよ、当分。……その内には何とかなるかもしれないから」
 もっと外に左翼劇場見物に誘う相手はないかと考えるうちに、ミサ子は三輪みどりを思い出した。元柳原の三角みたいなみどりの室というのへも、つい暇がなくてまだ行かなかった。エスペラント講習会へも近頃みどりは初めの頃ほどきちんとは出て来ない。――
 ちょうど退け時間が迫ってシトシト薄ら寒い小雨が降り出した夕暮のことだ。ミサ子は傘なしで、車蓋の濡れ光るタクシーの流れを突切り、丸ビルへかけ込んだ。みどりの勤め先の堂本兄弟商会というのを一階の案内書で調べると、五階にある。エレヴェータアを出てから
前へ 次へ
全74ページ中64ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング