すなり、あわてて片方の手をポケットから引き出した。
「なんだ!」
 守衛と小柄なミサ子とを急《せわ》しく見くらべた。
「うち[#「うち」に傍点]のもんじゃないじゃないか」
 肌理《きめ》のあらい縞ネクタイの顔が何とも云えず赤くなり、彼は紙をもったまんま二三歩その辺を動いた。
「どうして応接間へ御案内しなかったんだ!」
 順子が、やっと今になって涎のたまったような声で云った。
「――私のところへ面会にいらしたんです」
「いや、実にどうも! あなたも一言おっしゃって下さればよかったんだが……どうも失礼しました」
 守衛に、
「御案内して!」
と云った。
「いいんです」
 そこに立ったまま、ミサ子は言葉短く順子に、
「いつがいい?」
と訊いた。順子は顔をいきなり逆撫でされたような表情のまんま、
「あさってで私はいいけど」
 二人が話している間に、縞ネクタイはどっかへ行ってしまった。
「誰? あいつ」
「大沢っての、庶務よ」
「――じゃあさってね」
「ええ」
 ミサ子は××商事の壮大な玄関を一段ずつ降りるとき、憤怒でまだ脚が震えるのを感じた。

        四

 胸糞がわるいとしか云いよ
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