#「くせ」に傍点]してねえ!」
この頃の不景気につれて、会社ばかりでなくいろんな工場でも、男より賃銀のやすい女をドシドシ使うようになって来た。しかも家持ちの、年数の古い女は、能率があがらないと云ってクビにする。その代りに小学を出たばっかりぐらいの若い娘を、モットやすい賃銀で雇って仕込む。
「私んとこの下の小母さんの親類でも、そういうわけで二人もクビんなったわ、ついこの頃」
柳の話をみんな黙ってきいていたが、れい子がしんみりと云った。
「――大きなビルディングの中にいるというだけで、私たちだって女工さんだって違いありゃしないのねえ。知識労働だなんていい気になってるだけ滑稽みたいなもんだわ」
ミサ子は××○○会社の女事務員たちの心持が一部ではあるがこんなに揃ってズーッと引緊ったのははじめてだと思った。
ぞろぞろ食堂の方へ行くと、地下室の階段を下から食事をすました益本があがって来ながら、ミサ子たちの一団を見ると、
「ダメよ! 今日は!」
と大きな声で云った。
「ゴボーに竹輪ブよ」
「どうする?」
「どうする?」
地下室の下り口で停滞してしまった。
「……われら[#「われら」に傍点]のレストラン[#「レストラン」に傍点]にしちゃおうカ」
「ね!」
××○○会社の食堂は一回二十銭ずつの食券だった。ところが賄は請負で、二十銭が勿体ないようなお菜《かず》のときがあった。女事務員たちは、そんなとき食券はとっといて「モーリ」で十銭の昼食をする。
九
ミサ子が帰ろうとしているところへ、柳がれい子とつれ立ってやって来た。
「いっしょに行かない?」
三人は連れだって、中央郵便局の建物の裏を銀座に向って歩いてった。
不図《ふと》思いついたように柳が、
「ねえ、あなたがたどう思う? 私、若しはる子さんがこれっきり退社するようなことになったら、ひとつみんなから慰問金をあつめてはる子さんにあげたらどうかと思うんだけれど……」
「そう出来たら、よろこぶわ、キット」
れい子がすぐ答えた。
「私たち、沖本に腹をたてたりはよくやってるけれど、これぞといってみんなで纏まったことってのは一つもやっていないから、慰問金をあつめるのなんかいいわね」
ミサ子は、黙ってれい子のわきについて歩いていたが内心意外な気がした。れい子は××○○会社の女事務員の中では至って地味で特色の
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