坊まで、戦禍にまきこまれずにはすまない。これは日本の状態を見ても明瞭である。地震で家を破壊され、堤防決壊で人の流されることになれている日本の人民生活の自然に対して未開な抵抗力しかもっていない習慣で「復興」ということが妙に現実よりもたやすく想像されている傾きがある。東京の焼野原に果して何が復興しているだろう。少しは小ぎれいな十五坪住宅が、金儲けの上手だった人々によって建てられているぎりである。大風でとびそうな小家がやっと道ばたに並んだ程度で、近代都市が復興したとはいえない。そこには辛うじて雨露をしのぐ手だてが出来たというばかりである。
歴史がくりかえされないことは、この一事をとっても明白ではないだろうか。第一次ヨーロッパ大戦のとき、日本は最後の段階に連合国側に参加してチンタオだの南洋諸島だのを、ドイツから奪って統治するようになった。第一次大戦のとき日本で儲けたのは海運業者であった。船成金ができて、金のこはぜの足袋をはいたとさわがれたが、一般の人民生活は、それに便乗してせめても銀のこはぜの足袋でもはいただろうか。大正九年の大パニックで破産したのは郵船の株主ではなかった。米一升が五十銭を突
前へ
次へ
全21ページ中11ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング